表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

魔力ゼロの挑戦者

 朝の光が、まだ少し肌寒い通学路を白く染めていた。

「まこっちゃん! 私、高校に入ったのをキッカケに、この絶望を塗り替えて、新しい世界を作ろうと思います!」

 前を歩いていたたちばな春香はるかは、くるりと弾むように振り返り、親友の真琴まことに向かって宣言した。その瞳は、朝日に負けないくらいのキラキラで輝いている。

「……は?」

 真琴まことの反応は、絶対零度の氷水を浴びせるような冷ややかなものだった。しかし、春香はるかはそんなことで怯まない。いつものことだから。

「昨日の『ダムロー』でみなせちゃんが言った台詞だよー! まこっちゃん観てないの? もう、大号泣必須、神認定なんだから!」

 

『ダムロー』――正式名称『虹色☆マジカル・スターダム』。

 かつて栄華を極めた魔法が枯渇した世界。落ちぶれた元宮廷魔法使いの女性マネージャーと共に、少女が「演技」という名のイマジネーションを魔力に変え、真の聖女トップスターを目指す成長物語。春香はるかにとっては、単なるアニメを超えた救いの福音だ。

「ああ、バルがハマってる、あの変身するやつ?」

「そう! 初めての聖儀オーディションでね、魔力ゼロ判定を受けたみなせちゃんが、審査員を睨みつけて放つ言葉がもう神! 絶望を希望に書き換える瞬間のエフェクトとか、カッコ良すぎて神認定だよ!」

「興味ない。バルがそこまで興奮する理由もわからないし」

 やれやれとため息を吐く真琴まことに、春香はるかは「冷たいなー」と唇を尖らせる。だが、真琴まことが次に発した言葉には、ぐうの音も出なかった。

「それより部活決めたの? 今週中だよ」

「う……まだだけど。でもほら、高校生だし、新しい環境で何かを始めなきゃなー、なんて? そのために探してるんだよ!」

 春香はるかが夢見心地で語り始めた瞬間、真琴まことの通学バッグが春香はるかの腕に「バン!」と小気味よい音を立てて当たった。

「痛いよー!」

「ムカつく。バル、何やっても続かないじゃない。ピアノ、体操、中学の吹奏楽だって一日で辞めたでしょ」

「……だって、音が出ないんだよ? びっくりだよ! 気づいたらみんなに置いていかれてる感じだし。魔法みたいにパッといかないんだもん」

「付き合わされるこっちの身にもなってよね。現実はアニメみたいに、変身一つで人生変わったりしないの。あおいちゃーんって泣きついてきても知らないからね」

 校門をくぐり、下駄箱で上履きに履き替える。春香はるかの足取りは、いつの間にか重くなっていた。

「最初は楽しいんだよ。でもさ、なんか……嫌になっちゃうんだよね。私、どうしたらいいか解んないよ」

 ふと、脳裏に苦い記憶がフラッシュバックする。

 逆光の中、顔をしかめて自分を叱責しっせきする上級生。不機嫌そうにソプラノサックスを抱える同級生。

(私だって、本当はみんなと一緒に演奏してみたかった……)

 春香はるかは頭を振って、その湿った影を追い払った。

 

 学校までの道のり、春香はるか真琴まことのじゃれあいはまだ続いていた。

 真琴まことが思い出したように言う。

「じゃあ映研は? あそこ、毎年賞を取ってて有名らしいよ。部長の親が本物の映画監督で、仲間で映画作るなんてアオハルじゃない?」

 真琴まことの勧めで、春香はるかは一人、映研の部室前までやってきた。しかし、そこで彼女を待っていたのは、煌びやかな映画の世界ではなく、剥き出しの「暴力的な現実」だった。

「だから八神やがみの脚本は使えないんだよ!」

 怒号と共にドアが開く。そこにいたのは、苛立ちを隠さない部長の本山もとやまさとると、クシャッと丸めた脚本を押し付けられ、悔しそうに立ち尽くす八神やがみ友樹ともきだった。

「何?」

 さとるの冷たい視線が、場違いな来訪者である春香はるかを射抜く。

「えっと……見学に……」

「見学だってよ。八神やがみ、案内してやれ。俺は俺のやり方で二年連続賞を取ってんだ。何度書き直しても、お前の本は使わない」

 さとる友樹ともきにそう啖呵を切る。さとるの傲慢な態度は、部室の空気を支配していた。さとるの問いに、春香はるかがおずおずと「『恋する飛行機雲』みたいなラブストーリーが好き」と話すと、さとるは嘲笑を隠さなかった。

「テンプレの感動ポルノじゃん。芸術性のかけらもない」

「でも、わたし、『虹色☆マジカル・スターダム』のみなせたんみたいになにかに打ち込めるなにかを見つけたいんです!」

「え……『虹色☆マジカル・スターダム』? アニメ? クソだな。俺らの映画は芸術なんだよね。ファッキンクソ魔法少女アニメなんか観て来る奴はいらない」

 その言葉は、春香はるかが大切に守ってきた「みなせちゃんの祈り」を、泥の付いた靴で足蹴にするような響きだった。

 そこへ救いの手を差し伸べたのは、隣で活動していた演劇部の副部長、黒沢くろさわひとみだった。

「まあまあ、たちばなちゃん。そんなイキってる部長のいるクラブなんかやめて、ウチらと一緒にやらない?」

黒沢くろさわそれはいい案だな。そんなヤツ演劇部で引き取れよ。お前んとこクソアニメ好きのオタク多いだろ?」

 ひりつく部室。誰もなにも言えない。

 演劇部部長、萩原はぎわらみなもが立ち上がる。

「あの、本人の意思もあると思うんだけど……。(春香はるかに向かって)ねえ?」

 春香はるか「あ、あはは。いやー、なんか迷惑でしたかね……じゃあ、わたしこれで……」

 気まずそうに帰ろうとする春香はるかの後ろからひとみ春香はるかの両肩に手を置いた。

 ビクッとする春香はるかを置いて、ひとみは話した。

「まあまあ、せっかく来てくれたんだしー、ちゃんと話聞いてあげなよ。(春香はるかに向かい)ちなみに演劇部は今絶賛募集中だよ。たちばなちゃんだっけ? 今日から新しい先生が来るんだよ。しかも超有名俳優!」

 ミーハーな春香はるかは目を輝かせて「えっ?」と驚いた。

「あれー? たちばなちゃんってそういうのに興味ある人なんだ。でもさー、同じ日に来るなんてなんてドラマティック、運命だとか思わない? 演劇部もいいよー。あんなイキってる部長のいるクラブなんかやめてウチらと一緒にやろうよ」

 戸惑う春香はるかを尻目にさとるが反応した。

「誰がイキってるって!?」

「おー、怖い怖い。映研のエース様はおっそろしいねー」

「万年予選落ちのお遊戯クラブが何言ってんだよ。こっちはマジでやってんだ」

 ひとみは、固まってる春香はるかの前に出ていってさとるを睨みつける。

「ウチらが遊びでやってるっての?」

 その様子を見ていた部長のみなもが、慌ててひとみの手を掴んでひとみの耳元で言う。

「ちょっとひとみ、やめなよ。もうすぐ先生たち来るんだよ、まずいって」

 それでもひとみさとるを睨みつけるのをやめない。睨み合うひとみさとる

 映研と演劇部の部員たちは遠巻きに二人を見ていた。

 演劇部の輪へと引き込まれた春香はるかの前に、映研と演劇部両部の顧問を務める前原まえはらに連れられて一人の男が入ってきた。

 有本ありもと誠一ありもと・せいいち

 その佇まいは、華やかな俳優の経歴とは裏腹に、どこか隠者のような静けさをたたえている。

 奥に座っていた、さとるの父親でもある映研の外部講師「本山もとやま正浩まさひろ」が立ち上がり言う。

「私は、この学校で芝居の講師をしている本山もとやまといいます。なんだか、発声とか滑舌とかの基礎的なことを指導してもらうそうで」

 有本ありもとはその発言に不思議そうに問うた。

「おかしいですね、私は映研と演劇部に演技を教えるよう聞いていますが」

「ハァ? もうオレらは本山もとやま監督に支持を受けてんですけど」

 さとるは当然のように反発する。自分の父である映画監督・本山もとやまこそが至高だと信じているからだ。

「それに、私は発声や滑舌を教える気はありませんし」

 有本ありもと本山もとやま、二人の指導者の視線がぶつかり合う。

「発声や滑舌は教えないと言いましたか?」

 本山もとやま監督の問いに、有本ありもとは微笑んで答えた。

「役者をしていく上で、大切なことは他にもありますから。逆に、それが邪魔になることもありますし。さあ、皆さん、それでは、少し『遊んで』みましょうか」

 始まったのは、およそ「演技」とは思えない不思議なワークショップだった。

 言葉を使わずに握手だけで「色のイメージ」を伝えるゲーム。相手と鏡合わせの動きをするワーク。

 本山もとやま監督もさとるも「芝居と関係ない」「遊びだ」と嘲笑し、対決を仕掛けてきた。

「そこまで言うなら、この下手糞な演劇部員を二週間で俺が納得するレベルにしてみろ。代表一人による無言のエチュード、設定は『止まったエレベーター』。……代表は、たちばなさんにお願いします」

「えええええええっ!? 無理です、無理ですよ!」

 春香はるかの悲鳴が部室に響いたが、ひとみに「ようこそ演劇部へ!」と肩を叩かれ、運命の歯車は回り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ