表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミッドナイト・アゲート──五歩で寄り添う商店街交渉術  作者: 輝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/40

第21話 合意なき合意。

 朝の紫瑠璃しるり通りに、薄く乾いた紙の匂いが漂っていた。〈写真スポット〉の橙色の木枠は、昨夜の「感謝の壁」の名残をまだ少しだけ抱いている。あゆむは黒板を道の端に立て、太い字で〈本日:質問の壁〉と書いた。角を白のチョークで丸くしてから、下に小さく添える。〈ありがとうの次は、なぜとどう〉。

  「壁、組み替える」

  結月ゆづきは短く言い、紺の帯を外して白の縁を一本足す。角が少し柔らかくなって、掲示板が「呼吸する」ような顔つきになる。看板犬見習いのるりが、足元でとん、と尻尾を鳴らした。

  有里杏ありすは、角を丸く切った小さなカード束を二種類並べた。〈聞き方カード〉と〈答え方カード〉。

 聞き方(三行テンプレ)/① 事実:いま何が起きている?/② ために:それは誰のため?/③ どう:一歩目は何?/答え方(三行テンプレ)/① 見える化:地図・数字・写真/② 「ただし書き」:例外を書く/③ 「明日やる」を決める。

  「「ために」が真ん中」

  歩が言うと、結月が頷いた。

  「真ん中は「塩」。――先に舌に置く」

  午前十時、〈質問の壁〉は開館した。透明の立て看板に、角丸の見出し。〈事実の質問〉〈気持ちの質問〉〈提案の質問〉〈見落としの質問〉の四区画。最初に貼られた紙には、ぎこちない字でこうある。

 写真スポットのベンチは、だれが掃除?

  次いで、乾物屋の主人。

 「静かな帯」中に救急車が来たら?

  パン屋の夫は短く。

 「焼き上がりベル」はうるさい? たのしい?

  ブティックの店主は端正な字で。

 「紺帯+白縁」の屋根、台風のときの固定は?

  学ランの男子は照れた顔で駆け寄り、ひとこと。

 「ただいま」は人にも言う?

  壁に紙が増えるたび、紺の帯が呼吸で膨らんだり縮んだりして見えた。

  「合図は?」と幸博ゆきひろ

  「「問いの鈴」」

  宜幸よしゆきが小さな真鍮の鈴を紐で吊し、〈鈴=読んでます〉の札を添えた。読む人が鈴を鳴らし、読む間は口が出ない。口を出すのは、鈴が止んでから。

  「「声のベル」のいとこ」

  亜柊あしゅが笑い、るりが「とん・とん」で同意した。

  昼前、壁は一気に賑やかになった。学校帰りの子ども、買い物かごの母親、新聞を脇にはさんだ老人――それぞれが三行を埋め、角を丸く囲って貼っていく。

 「静かな帯」の定義、外から初めて来た人にも伝わる?/「寄附=口出しなし」は、どう担保?/提灯の「拍子木」係、子どももできる?/アゲートが無くなったら「夜の拠点」はどこ?

  最後の一枚を貼ったのは、濡れ色のスーツの渉外担当の女性だった。今日は髪を低く結んで、歩きやすい靴。

  「社内でも同じものを作ります。――「質問の壁」」

  それだけ言って、彼女は壁から半歩下がった。半歩の余白が、丁寧だった。

  正午、ひとつの声が壁の前で跳ねた。

  「「弱い人優先」を言い訳にして、前に進まないだけじゃないのか!」

  振り向くと、腕組みの男。噂の朝に来た人と似た硬さだが、今日の言葉は「怒り」というより「焦り」の匂いが濃い。

  「合図」

  結月が「すれ違いスイート」の皿をそっと出し、十呼吸。歩は鈴を一度鳴らし、三行で返す。

 黒板には、事実「今週だけで「静かな帯」救護3件、「声のベル」で通行調整7件」と三行が並んだ。

  男は視線を泳がせ、ペンを受け取った。

 前に進む=「明日も同じ店がある」

  「それ、同じ」

  結月のひと言が短く落ち、男は肩の角を少し下ろした。

  午後、〈質問の壁〉は「読む時間」と「書く時間」に分けられた。読む時間は鈴が鳴り、書く時間は鈴が止む。とおるのアコーディオンは「薄い曲」で区切りを作る。るりは読みの間だけ耳を立て、書きの間は尻尾で「とん・とん」。

  「「ただし書き」が効いてる」

  幸博が指さした先には、小さく白の縁取りで囲まれた文。

 ※「静かな帯」は「静かにする義務」ではありません。「静かにしたい人が優先される時間」。「声のベル」で通します/※寄附の会計は月次/掲示板とHP(紙も可)で公開。

  「「紙も可」、好き」

  ブティック店主が笑い、乾物屋の主人は「紙が本気」とうなずく。

  夕暮れ十五分。〈回答の夕べ〉が始まった。黒板の前で歩が「上位質問」を三つ選び、三行で答える。

 Q:「静かな帯」に救急車?/A:最優先=救急。三拍で止まる/二拍で道を開ける/拍子木係が先導/Q:ベンチの掃除は?/A:当番表(週替わり)+「忘れたら鈴」。――鈴=責めない合図/Q:アゲートが無くなったら?

  歩は少しだけ間を置き、チョークを持ち替えた。

 A:「拠点は灯りを持ち運ぶ」――塩一粒・レモンの輪・鈴・角丸の紙。場所は可搬。レシピは残す。

  「「先に悲しむ訓練」?」と亜柊。

  「うん。――泣く練習、してから笑う」

  結月の声は低かったが、通りの端まで届いた。

  回答の最後に、有里杏が封筒を一つ差し出した。渉外の女性から預かった「社内質問」。紙は角が丸く切られている。

 1)案Bのコスト負担は誰か(初期・維持)/2)避難動線の「証拠」は何か(数字・図)/3)代替空地(広場)の管理者は誰になるか。

  「――明日、答える?」

  幸博が問う。

  「一晩、塩」

  結月は短く言い、「合図」として塩キャラメルをひとかけ。十呼吸。苦味が輪郭を引き、塩が「ここで止まる」を示し、甘さが「明日もやる」をつなぐ。

  夜。壁から紙を外し、裏に小さく「明日やる」の印を押していく。〈掃除当番表〉〈拍子木係募集〉〈寄附会計の掲示〉〈「拠点可搬レシピ」のカード化〉。宜幸は透明の立て看板を拭き、ブティック店主は〈紺帯+白縁〉の端を縫い直す。乾物屋の主人は昆布桶に蓋をして、「塩は余らせすぎるな」と笑った。

  「「拠点可搬レシピ」、書く」

  歩はカウンターでノートを開き、項目を並べる。

 塩一粒(合図)/レモン薄切り(落ち着き)/鈴(読み書きの切替)/角丸の紙(言葉の安全)/薄い曲(余白)/「声のベル」(最優先)。

  「あと、「耳」」

  亜柊がるりを指さす。

  「耳、重要」

  るりの尻尾が、とん、と鳴った。

  〈ミッドナイトアゲート〉では、マスターが瑪瑙アゲートの層を指で軽くなぞり、温いレモン水と塩を置いた。

 「質問は、街の筋肉だ」

  歩が言うと、マスターは頷く。

  「使わない筋肉は萎える。――使いすぎると攣る。塩、先」

  結月は「塩、先」と復唱し、今日の三行をノートに置く。

 ① 「ために」を真ん中に置く/② 「ただし書き」で角を落とす/③ 「拠点は灯りを持ち運ぶ」

  「四行目は?」とマスター。

  「「耳=るり」」

  歩が付け足すと、マスターは目尻を細めた。「法律につづき、今日も犬耳の脚注」

  店を出ると、提灯の橙が低く揺れ、〈質問の壁〉は夜の湿りを吸って静かに呼吸していた。紙の角は丸く、でも弱くはない。

  「明日、「社内質問」に三行で返す」

  「数字と図、先にそろえる」

  「塩、先」

  短い言葉の往復が、歩幅の合図になった。るりが先に「とん」。

  街は、問いで強くなる。角を落とした疑問は、手すりになる。

  「ために」を握った手は、暗がりでも段差を越えられる。

  壁は、明日も開く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ