第10話 再開発の噂。
月曜の朝、紫瑠璃通りの各店舗のポストに、同じ色の封筒が差し込まれていた。宛名は「関係各所」。差出人は大手デベロッパー。封を切ると、説明会の案内と共に、「配布物および内容の口外はご遠慮ください」という一行が、紙の端で妙に硬く尖っていた。
「「秘密保持」…………説明会で、なぜ?」
歩が眉を寄せると、結月は短く言った。
「「知りたい」を、止める文言」
相談所に黒板を出し、歩は四つの欄を描いた。〈事実/気持ち/譲れること/譲れないこと〉。事実の欄には〈説明会通知が投函/記載に「秘密保持」〉と書き、譲れないことの欄に〈街の未来に関わる情報共有〉と太字で置く。
「――質問リスト、共同で作ろう」
宜幸が腕をまくる。幸博は「動画で周知、短尺で」と勢いよく言い、有里杏は期限をすでにペンに載せていた。
そこへ、空が不意に重くなった。大粒の雨。店先の軒下へと透明のビニール傘が避難し、通りはあっという間に「竹やぶ」になった。
「現場、把握!」
亜柊が反射ベストを翻して駆け、歩は欄の下に〈臨時運用〉と見出しを足す。
「臨時の「傘の図書館」、開館します」
透明の立て看板は、今日は〈傘の図書館〉に変わる。紺の細布の縁を白いチョークで丸く飾り、〈標準貸出三時間・延長可〉〈返すときは滴を切る/紺の布の上に〉と掲げた。結月は吸水マットを数センチずらし、棚の高さを子どもの目線に合わせる。
濡れた子どもを連れた母親が、竹やぶの手前で足を止める。結月は短く声をかけた。
「「お願いします」は頼む声で。――三つ数える。①息を吸う②「お手、いい?」③目を見る」
小さな手が伸び、看板犬見習い・るりの前足がそっと乗る。笑いが柔らかく広がり、怒声は遠のいた。
雨脚が和らぐころ、ブティックの店主が一本の傘を差し出した。柄には小さく「A」の刻印。昼の男性が「明日」と回した「誤差」が、今夜には返ってきたのだ。
歩は黒板の端に、今日の気づきを三行で置く。
① 「口外禁止」は説明責任の逆。――会場で質問する/② 「傘の図書館」は景観と安全の両立/③ 「短文ファクト」は雨にも強い。
「説明会、行く」
結月の声は短い。だが、その短さが、街の「未来に関わる」の意味をはっきりさせた。
夜、〈ミッドナイトアゲート〉の扉の上の瑪瑙が、雨上がりの空気を吸って薄く光る。歩はノートに書き足した。
「学び直す。――交渉も、法律も」




