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New Kid in Town

「あーそこは、たどり着けないんですよ」

と運転手は言った。

何故?と戸惑う俺に

「仕方ない事なんです、行き場は無いですよ、自力ではどうにもなりません」

と追い打ちをかける。


異世界に迷い込んだらしい

不安と戸惑いを乗せてタクシーは走り出す。


 酒の失敗って恐ろしい、記憶を無くしたり、酔った勢いで上司にダル絡みしたり。

 俺も御多分に洩れず様々な失敗をした、居酒屋のトイレから出れなくなったり、出禁をくらった事だってある。

 ただ、どんなに酔っぱらっても、人間「帰巣本能」があるもんで、なんとかかんとか家には帰ってくるものだ。


 そのはずだったんだ・・・。


 精神的に限界が来た後輩の送別会、メンバーは俺と同期2人と後輩の4人で行われたささやかなもの。

 会社の愚痴から始まり最終的に中身の無い言葉遊びと、キツめの下ネタでお開きとなった。

 リュックから財布を出し「僕も出しますよ」っと言ってくれる後輩に「いやいやダメダメ」「速やかに財布をしまいなさい」と制止する。「お前の送別会だから」「ここは先輩の顔を立てるもんだぞ」と言いつつ、俺と同期2人で割り勘してお会計を済ませた。

 

 店を出ると冷たい風が頬を撫でる、この日の最低気温は13℃、駅に続くアーケードを4人で歩く。

 冬の気配が漂いだした23時、ガールズバーの客引きの女の子が薄手のコスプレでやる気のなさを前面に出し、衣替えの時期を逃した半袖姿の男が「寒いぃ!」と叫んでいた。


 「ちゃんと休めよ」「離職票届いたらハローワーク行くんだぞ」「ここより下はないから安心しな、落ち着いてから就活しなよ」等と二人が余計な先輩風を吹かせている中、俺はクソ暑かった夏がちゃんと終わったことにほっとしていた。


 駅に到着し「じゃあ俺達JRだからこっちだわ」と同期の二人が足早に改札へと向かっていった、俺もその場で後輩に別れを告げ、終電で帰路に着いた。

 週末の終電は中々の混み具合で、改札出てすぐの場所に小型食品スーパーのある駅で停まってからようやく座ることが出来た。

 足の疲れが地面に流れていく心地良さを感じながら、リュックからカナルタイプのイヤホンを取り出して耳に押し込み、タイプCのプラグをスマホに差し込む、サブスクのプレイリストから兄弟喧嘩の絶えないイギリスのロックバンドの大好きな曲を選んだ。今では古き良き90年代の名曲。

 自分が下りる駅まであと3駅、電車を降りたらコンビニでクルクミンたっぷりのドリンクを買って気休めの二日酔い対策をしよう。あー明日が休みで良かったと考えながらいつの間にか眠ってしまった。


「お客さん終点ですよ、お客さん」

 強めに肩を叩かれ駅員に起こされた。慌ててイヤホンを外す。

「終点です、降りてください」

「ああ、はい」俺は寝ぼけた声で駅員に聞いた。

「ここどこですか?」

下碑高(しもひだか)です」駅員はぶっきらぼうに答えた。

 聞いたことのない駅名だが降りるしかない、急いで膝に抱えていたリュックを背負い、電車を降りる。エスカレーターを駆け昇り、改札を抜けて外に出た瞬間シャッターが下ろされた。

 

 無情である。

 

 目の前に広がる無人のバスターミナルが寒さを助長している。中央に立っている街灯に照らされた時計台を見ると1時3分を指していた。


「やっちまったぁー」

 俺の声が無人の駅に虚しく響いた。


 駅前は道路を挟んでコンビニが一軒、それ以外は民家のみ、その向こう側は木々が鬱蒼と茂る山ばかり。

 ネットカフェはおろかスーパーやドラッグストアも見当たらず、駅周辺は至ってシンプルなもの、この駅周辺の住民はどうやって生活しているのだろうか?そう思いながらとりあえずコンビニを目指して歩く、車が通る気配もなく信号機が空しく青から黄そして赤へ切り替わっていった。

 歩行者信号が青に変わるのを待ってから横断歩道を渡りコンビニに入る。暖房の暖かさとおでんの香りにホッとして深くため息をついた。


 とにかく帰らなければならない、ここから自宅までタクシーでどのくらいかかるのか全くわからない。

 とりあえず下碑高しもひだかが何処なのか調べようとポケットからスマホ取り出して見ると画面の右上に圏外と出ていた。


 「マジか、どんだけ田舎なんだよ」


 とりあえずATMでお金を下ろそうとキャッシュカードを入れたが、取り扱い出来ませんの表示と共にカードが戻ってきた。

 何度やっても、取り扱い出来ませんの表示と共に返ってくる。カードに異常があるか、システムメンテナンスでもやってるのか、とりあえず今は諦めるしかない。


 今日はついてない。


 気を取り直してホットドリンクのコーナーからミルクティーを取り出してレジへと向かう、店員に番号を伝えメビウスのメンソール5mgを取ってもらい一緒に会計した。

 

 「あの、すいませんここどこですか?」

 俺は恐る恐る、店員に尋ねる。

 どのあたりか分かれば、おおよそのタクシー代は想像出来るかもしれない。

 「はい?」

 「あ、いや、酔っぱらって電車乗り過ごしてしまって、タクシー呼びたいんですけどスマホが圏外で」

 「あー、迷い人の方ですよね」

 俺の言葉に被せる様に店員が言った。


 迷い人??ん?迷子?頭の中で自分に当てはまるワードを並べてみる、迷い人でも迷子でも合ってるかもしれないが違和感が拭えない。

 

 「大変ですね、今タクシー呼びますね」

 店員が笑顔でそう言って奥へと入っていった。

 とりあえず、これで一安心といったところ、いくらかかるか分からないがこれで帰れると思った。


 程なくして店員が出てきた「10分くらいでタクシーが来るみたいなんで、ちょっと待ってて下さいね」と笑顔で俺に向かって言うと再び奥へと戻っていった。 

 

 今時珍しく店前に灰皿が置いてあったので、コンビニを出て、買ったばかりのメビウスのフィルムを剥がしてタバコを一本取り出し、カプセルを潰して火をつけた。

 咥えタバコでミルクティーのキャップを空ける、タバコの煙を肺いっぱいに吸い込んでから吐き出し、ミルクティーを一口飲む、タクシーが来るまで約10分、足元から上がってくる寒さに耐えながらポケットから財布を取り出し中身を確認する。

 一万円札が2枚と千円札が3枚、これで足りるだろうか。まぁ足りなければクレジットカードと言う手もある。

 ここからかかるタクシー代に頭を抱えながら、俺は2本目のタバコに火をつけた。給料日まであと20日、切り詰めた生活を余儀なくされるだろう。


 2本目のタバコが吸い終わる頃に黒のアルファードがやって来た。上部に「個人」と書いた行灯が見えたので個人タクシーと気付く。

 運転手が降りてきて丁寧に後部座席を開ける、個人タクシーではまず見ない光景に驚いた。


 「夜分遅くにすいません、ありがとうございます」と俺は頭を下げる。

 「いえいえ仕事なんで」運転手は笑顔で答えた。

 感じの良い人で良かったと思いながら後部座席に乗り込むと「それではお閉めしますね」と言ってスライドドアを閉じた。


 運転手に行き先を伝えたところ

 「あーそこは、たどり着けないんですよ」

 と返事が返ってきた。


 「え?なんでですか?」

 「お客さん迷い人でしょう、行ってもらいたい所があるのでそちらに向かわせてもらいます」

 

 急に怖くなってきた、何を言ってるのか分からない。降ろしてもらおうかと思ったが、降りたところで何処をどう歩けば良いか分からない。

 スマホも圏外なのでここが何処か検討もつかないのだ、いや少し歩けば電波が入るか。


 「圏外になってるでしょう」

 シートベルトを締めながらバックミラー越しに運転手が俺に声をかけた。


 「はい?」

 「携帯電話」

 「あーはい」


 心を見透かされたようで気持ち悪い。


 「どこいっても圏外ですよ」

 「え?はい?なんですって?」

 「仕方ない事なんです、行き場は無いですよ、自力ではどうにもなりません」


 行き場は無い、自力じゃどうにもならない。。。俺は頭の中で運転手の言った言葉を繰り返す。


 運転手は混乱する俺をバックミラーで確認してから静かに車を発進させた。

 信号を左に曲がり、三車線の真ん中をスピードを上げて走る、バイパスを抜けて高速の入り口に差し掛かった。


 「あの、、何処へ向かっているのですか?」

 「ホテルです、お客さんにはそこで何泊かしてもらいます」

 「何泊って、、仕事あるんですけど」

 「ええ存じてます、だけど仕方ない事なんです」

 「仕方ない事?」


 タクシーは時速90キロで真ん中の車線を走り、時々トラックを追い抜くために、車線を変更し加速させ再び元の車線に戻った。

 

 「時々ね、お客さんの様に他所の世界から迷い込む人がいるんですよ」

 「他所の世界?」

 「ええ、こことは違う他所の世界、下碑高しもひだか駅って聞いたことないでしょう?」

 

 確かに聞いたことない、俺の乗った路線に下碑高しもひだかなんて駅無かったはずだ。


 「あの、帰れるでしょうか?その、元の世界に?」

 俺は恐る恐る聞いてみる。

 「帰るためにホテルに向かってます、しばらくはこの世界で暮らすことになるでしょうが」

 

 直ぐには帰れないのか⋯


 暗澹(あんたん)たる思いでシートに深く身体を預ける、気が狂いそうだ。もしかしたら狂っているのかもしれない。


 どっかで何かを間違ってしまったのだろうか、そうだとすれば、どこでどう間違ってしまったのだろうか、そんな考えが取り留めもなく浮かんでくる。


 「間違って無いですよ」

 バックミラー越しに運転手が俺に声をかける。

 「俺の心読めるんですか?」

 「いえ、ただここに迷い込んだ人は皆思うんです、何をどこで間違えたのかと、お客さんもそう顔に書いてあります、どこで間違えたんだとね」

 「そう、、なんですね」


 運転手はドリンクホルダーから灰皿を取り、後ろ手に俺に手渡してきた。蓋の裏側でブルーのライトがほのかに光っている。そういえば運転席を保護するアクリル板が見当たら無いことに気付く。いまさらどうでもいい事だと思った。

 

 「煙草、吸って良いですよ」

 「え、良いんですか」

 「それで落ち着くなら」

 「吸いたいって顔に書いてありました?」

 「ええ、とても素直に」


 後部座席の窓が10センチ程開いた。遠慮なくタバコに火を付ける。


 こうなったらどうにでもなれ。


 そう思う事にしたが、胸の奥から言いしれない程の焦燥感が湧いてきた。

 開き直るには時間がかかりそうだ。

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