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第16話 記録者たちの墓場

人型の穴に入ることを躊躇した悠は、重力が急変したことで別の空間に投げ出された。


地下墓地のような空間。


薄暗い石造りの部屋。天井は低く、アーチ状の構造が続いている。湿った空気と、かび臭い匂い。そして、石灰岩特有の冷たさが肌を刺す。足元は湿った土で、歩くたびに不快な音を立てる。


整然と並ぶ1,246個の石碑。


月光のような青白い光が、どこからともなく差し込み、石碑を照らしている。永遠に閉じることのできない目が、その全てを一瞬で捉える。永遠に見続ける呪縛は、死者たちの名前を全て読み取ってしまう。


最初の石碑に近づく。


古い花崗岩で作られ、表面は苔と風化で読みにくい。しかし、刻まれた文字は奇妙に新しい。まるで、つい昨日刻まれたかのように鋭い。


『記録者No.1:山田太郎 享年不明 周回7回 最期の言葉:まだ理解していない』


下部には小さく追記がある。


『埋葬品:真鍮の鍵1個、手帳1冊、希望の欠片』


次の石碑。


『記録者No.2:鈴木花子 享年不明 周回13回 最期の言葉:システムが見えてきた』


『埋葬品:錆びた鍵2個、破れたノート、理解の断片』


一つ一つ、確認していく。名前は全て異なるが、共通点がある。全員が「記録者」であり、全員が複数回の周回を経験している。そして、全員が何かを残している。


石碑の配置にも規則性がある。番号順に並んでいるが、ある地点から変化が起きている。


No.1〜No.100:様々な名前、様々な国籍 No.101〜No.500:日本人名が増え始める No.501〜No.891:名前の多様性が減少 No.892〜No.1246:全て「朝倉悠」


悠は、自分の名前が刻まれた最初の石碑で立ち止まる。


『記録者No.892:朝倉悠 享年不明 周回892回 最期の言葉:理解した、だが手遅れだ』


『埋葬品:892冊の手帳、磨耗した鍵、諦念の結晶』


手を伸ばし、石碑に触れる。


冷たい。しかし、触れた瞬間、石碑が微かに震えた。


そして、石碑の下から音が聞こえる。


土を掻き分ける音。何かが地中から這い出ようとしている。


悠は後ずさりした。しかし、永遠に見続ける呪縛を受けた目は、その光景から逃げることができない。


土が盛り上がり、中から手が突き出た。


腐りかけた手。しかし、動いている。意志を持って動いている。


次々と、他の墓からも手が出てくる。そして、体が這い出してくる。


ミイラ化した死体。しかし、完全な死者ではない。意識が残っている。閉じることのできない目を持つ者も多い。皆、永遠に見続ける呪いを受けた者たち。


最初に完全に地上に出たのは、No.892だった。


「やあ、また会ったね」


ミイラ化した体で、892は微笑んだ。いや、微笑もうとした。顔の筋肉はもう動かない。しかし、その意図は伝わってくる。


「これが...君たちの末路か」


「末路?いや、これは保管だよ」


892の隣に、No.666が這い出てきた。体の半分は壁と融合したままだが、意識ははっきりしている。


「死ねない呪い。記録者は永遠に記録し続ける。たとえ肉体が朽ちても」


No.13も姿を現した。最も古い記録者の一人。体はほとんど骨だけだが、骨にも意識が宿っているかのように、確かな存在感がある。


「知りたいか?真実を」


「...ああ」


No.13は、地面に何かを描き始めた。指の骨で、湿った土に図形を刻む。


円。その中に1247の点。そして、中心に一つの大きな点。


「これが、システムの全貌だ」


No.892が説明を引き継ぐ。


「1247人の記録者は、一つの巨大な生命体の細胞。そして、その生命体は——」


「空間そのものだ」


No.666が締めくくった。


「俺たちは、この生命体に意識を与えるために集められた。記録することで、記憶を与え、感情を与え、知性を与える」


悠は墓場を見回した。


1246の墓。1246の死者。そして、全員が「生きている」。


「つまり...俺たちは...」


「臓器だ」


No.1が墓から完全に姿を現した。最初の記録者。もはや人の形をかろうじて保っているだけの存在。骨と皮だけ。しかし、その目——瞬きを忘れた目——は、誰よりも鋭い光を宿している。


「心臓、肺、脳、肝臓...1247の臓器が揃った時、この空間は完全な生命体として覚醒する」


墓場の奥を探索する。


石碑の列が続く先に、巨大な霊廟のような建造物がある。黒い大理石で作られ、表面には複雑な文様が刻まれている。


扉には文字。


『最初にして最後の記録者』


悠は扉を押し開けた。


中には、巨大な石棺が一つ。


棺の蓋は開いており、中は空。しかし、底に文字が刻まれている。


『No.1247のために用意された場所』 『最後の臓器』 『心臓』


悠の胸が、激しく脈打ち始めた。空間全体と同期するように。


死者たちが霊廟に集まってきた。


1246体のミイラ。全員が円を描いて悠を取り囲む。


「選択の時だ」


No.892が言う。


「受け入れて、生命体の一部となるか」


No.666が続ける。


「拒否して、永遠の墓守となるか」


No.13が締めくくる。


「どちらにしても、もう逃げ場はない」


悠は、自分の墓標を見つけた。


まだ文字の刻まれていない、新しい石碑。1247番。


日付だけが刻まれている。今日の日付。いや、よく見ると日付が変化している。リアルタイムで更新されている。


死者たちとの対話が続く。


「なぜ記録し続けた?」


悠がNo.1に尋ねる。


「存在を証明するため。そして、次の者に伝えるため」


「伝えて、どうなる?」


「分からない。でも、伝えないよりはいい」


No.234が前に出た。若い頃の記録者。


「最初は脱出したかった。でも、途中で気づいた。ここが、俺たちの居場所だと」


No.567も語る。


「外の世界は、もう俺たちを覚えていない。ここだけが、俺たちを記憶している」


No.1000は、瞑想するような姿勢で語った。


「千回目で悟った。これは罰ではない。これは、新しい存在への進化」


対話は哲学的になっていく。


存在とは何か。 記録とは何か。 死とは何か。 そして、1247という数字の意味は。


死者たちは、それぞれの視点から答える。


「1247は完全数」 「1247は永遠の循環」 「1247は全ての可能性」 「1247は一つの答え」


そして、全員が同じ結論に達する。


「1247は、私たちそのもの」


墓場の地面が振動し始めた。


石碑が光を放ち始める。それぞれの墓から、記憶の光が立ち上る。


1246本の光の柱。


そして、その光が収束する先は——


悠自身だった。


「始まる」


「1247の統合が」


「生命体の誕生が」


悠の体が、光を放ち始めた。


内側から、何かが溢れ出ようとしている。


それは——


記憶だった。


1246人分の記憶が、悠の中に流れ込んでくる。


山田太郎の7回の絶望。 鈴木花子の13回の発見。 892人の朝倉悠の、892通りの理解。


全ての記憶が、1247番目の悠の中で統合されていく。


その瞬間、墓場の奥に新たな石碑が現れた。


番号のない石碑。


『最後の記録者:名前不明 享年不明 周回∞ 最期の言葉:美しい』


美しい?


死者たちが説明する。


「1247の破片が一つになる瞬間」 「バラバラだった意識が統合される瞬間」 「それは、究極の美」


悠は理解した。


そして、視線が固定される呪いを受けた目で、その瞬間を見つめた。


拒否することもできる。


でも——


「美しい」


悠は呟いた。


そして、光の中に身を投じた。


1247番目の臓器として。 最後の、そして最初の心臓として。


死者たちが、賛美の言葉を唱え始めた。


古い言語、新しい言語、そして言語を超えた振動。


全てが一つの意味に収束する。


「完成」


墓場が崩壊し始める。


もう、死者と生者の区別はない。


全てが一つの存在へと統合されていく。


1247の記録者。 1247の記憶。 1247の可能性。


そして、新たな生命体の鼓動が、空間全体に響き渡る。

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