第1話 ヒルトラウト・シャル・ツヴァイク
アルティア帝国に新しい動きが見られた。第4騎士団までしか無かった所に、新しく第5騎士団が設立されたのだ。軽薄な令嬢騎士はそんな騎士団の団長に任命された日から、忙しなく働くことになる。
この話の舞台はアルティア帝国である。
アルティア帝国とは、中央都市ピアトルを中心に広がる大きな国。隣国には工業に特化した工業国や、商業で名を馳せる商業国があり、今のところ良好な関係を保っている。
この物語の主人公は、アルティア帝国に新設された第5騎士団の団長、ヒルトラウト・シャル・ツヴァイク(25)である。
ヒルトラウトはツヴァイク男爵家の1番上の令嬢であった。令嬢としての最低限の素養は持ち合わせていたものの彼女の性格では令嬢として生きるのは難しいものであった。
ツヴァイク男爵家は、ヒルトラウトの下に弟のカール(22)、妹のリナリー(15)の3人のみであり、両親は7年ほど前に亡くなっている。現当主は形式上ヒルトラウトであるが、領地運営や家諸々を管理しているのは弟のカールだ。妹のリナリーは魔法の才があり、魔法学校に首席合格以来その成績をキープしている。
両親が亡くなってから2年後の社交界で、ドレスを着た無愛想な当主が殿方から熱烈なアプローチを受けた。
「ワタクシ...ココロ二キメタヒトガ...」
明らかな棒読みで返した彼女にそんな相手は居ない。この様子を見たカールは、以降姉を社交界に出さなくても良い方向を探り始めたのだ。
ヒルトラウトは興味のあるもの以外はおざなりにしていく類の人間だった。そのため貴族としての立ち振る舞いや知識は問題なくとも、同世代の令嬢との交流や女性の嗜みに見向きもしなかった。代わりに興味を持ったのは剣だった。淡々と技術の向上と戦略的思考を身につけることに力を注いだ。これだけ言えば、才が偏っただけの勤勉な人物に思えるだろうか。残念なことに彼女は気まぐれで軽薄、騎士としての気概や忠誠心は皆無(秩序を守るくらいは出来る)、おまけに独身主義者であった。(独身が悪いというより時代と立場が悪かった)
そんな彼女が騎士団に入団し、社交界で淑女として振る舞わなくても生きていける環境に仕立てることに成功したのは弟のカールである。彼は根っからの苦労人な上に振り回され体質だった。優秀であるが故にその体質はより彼を苦しめている。彼の原動力は主に姉であり、同じく姉を中心に生きる妹とは良き協力者として固い絆を結んでいる。
「おい見ろ、あれツヴァイクの人間だろ?」
「あぁ、確かに、初めて見たな...。」
ツヴァイク男爵家は代々その美しい銀髪が人々の目を引いた。直毛の姉、オールバックに固める弟、柔らかい癖毛の妹、貴族社会では気づけば話題に上がる一家であることに間違いなかった。そんな彼らの話題が一段と大きくなったのは新設された第5騎士団のせいでもある。
帝国では第1騎士団〜第4騎士団まで、得意分野ごとに特化した騎士編成を行っていた。これにより極端な人手不足が無視できなくなったため、幅広い対応のできる臨時部隊として第5騎士団を設立した。器用貧乏な人間が集められた便利屋のような部署と揶揄されることもある。事実なので誰も否定はできなかった。
基本的に責任からは逃げていたいヒルトラウトがなぜ団長になったのか。それは、騎士団内で多種目大会といかう名のもとに行われた第5騎士団への異動希望者の試験に、事情も聞かずに賞金目当てで参加した当時第2騎士団所属のヒルトラウトがあっさり優勝したためである。
皇帝より団長への任命が正式になされ、辞退すなわち退職を意味することを知った彼女は泣く泣く引き受けたのだ。
団長としての指示、軍の指揮、任務等は早くて正確で期待の新団長ともてはやされた。当の本人は騎士団の運営など自身の仕事以外の仕事を全て副団長とその副官に任せている。
「優秀な副団長と副官を選んである。」
とのことだ。2人は真面目で優秀で、激務に自ら飛び込んで泣いている。
団内では普段から軽くて何を考えているのかよく分からない団長だが、誰よりも頼もしい背中だと慕われている。
外部からはまだまだ舐められる事は多いが、彼らが周りを黙らせるのも時間の問題である。
この物語は、
そんな器用貧乏な集団が様々な問題を解決していく様を覗かせてもらう話だ。
「おい!ヒルトラウト・シャル・ツヴァイク第5騎士団長は居るか?!」