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土壇場の賭け part0

4月5日 午前8時



"彼"がレストガーデンに来てから5日目を迎える。


彼の1日の流れは、朝8時に起きて食堂に向かう→食べ終えたら睡眠部屋に戻る→12時なったら食堂に向かう→食べ終えたら睡眠部屋に戻る→18時になったら食堂に向かう→食べ終えたら睡眠部屋に戻り、入浴の準備をして、浴場に向かう→23時になったらベッドの中に入る。




初日以外は食堂と浴場以外の施設は使用していない。


彼は談話室での出会いなど正直興味がなく、ただ死を覚悟するだけの存在でいたかったが、さすがに同じルーティーンを過ごす事に精神的に飽きてきた彼は、食事を済ませて気分変換に“本の部屋”に向かう事にした。




本の部屋は、ソファーと分厚くフカフカなマットの上で漫画や小説を好きなだけ自由に読めるルーム。


広さや構造は、漫画喫茶並み。


芸術の国"フランス"では、漫画は究極の芸術品で、特に日本の漫画は大人気。


棚に置いてある書物は、ほとんど漫画で、"ナルト"や"ドラゴンボール"などの人気作品は全巻揃っている。



フランス生まれの彼は、驚く事に漫画を読んだ事は一度もなかった。


漫画を読まない理由は特に無いが、たまにそういった人間も少なくはない。


日本人でも"漫画"を読まない人もいる、韓国人だからといって、キムチが好きとは限らない、彼もまたフランス人にとっては異質の存在でもあった。


しかし、小説に関してはジャンル問わず、暇つぶしに読む事が多い。


棚に置いてある小説は世界的にも人気の"ハリーポッター"があるが、ハリーポッターは子供の頃から何度も読んだ作品。


それと現在もフランスや海外でも、大ヒットした“ファンタジー長編小説”が本棚に並べられている。


彼が何度も、この物語を読む程の傑作、フランス人の作家が文学界に革命を起こしたので、フランス人は鼻が高くなる。

最近ようやく完結したシリーズで、近年ハリウッド化される程、大人にも子供にも大人気。


他のもどれも読んだ事ある作品ばかり、せっかく訪れた娯楽施設は期待外れに終わり、出ようと思った。


その時、自分の隣で漫画を立ち読みしている若い女性が視界に映る。




彼は、その女性の顔に見覚えがあった。


そう、初日に談話室で目が合い相席しそうになった女性。


彼は、若くて容姿端麗な女性だったため、我を忘れて思わずじっと見つめてしまう。


隣から視線を感じた女性は、彼の方を見る。

こちらの存在に気づき、目が合った彼は咄嗟に視界を逸らす。




女性

「・・・あっこれ、もしかして読みます?」


女性は、てっきり彼が今自分の見ている漫画を読みたがっていると勘違いしてしまった。


彼はとにかく誤魔化すために、わざと話を合わせる。




「いえ、もうその小説は読み終えましたから」


女性

「これ・・・漫画ですよ?」


「えっ⁉︎」




彼は誤魔化したつもりが、裏目に出てしまい、言葉を失う。



女性

「良かったらどうぞ、アタシ、この漫画とっくに読み終えてますので」


「えっ! 読み終えたのに、また読んでいるんですか?」


女性

「漫画は何回読んでも面白いんじゃないですか・・・というかどこかでお会いしませんでした?」


「えっ!」




女性

「あっ! もしかして小学校の頃に一緒だった、サンジ君でしょ?」




「サンジ君?」




彼は、彼女も自分の事を覚えていると思っていた。



女性

「久しぶり、懐かしいね、まさかこんな所で会うなんて、サンジ君も死ぬつもりなの?」


「うん・・・まぁ」


彼はとにかく話を合わせて、彼女の元から去ろうと考えた。



女性

「サンジ君がここにいるなんて思わなかったよ、確か大企業の令嬢と政略結婚したって聞いたけど、離婚したの?」


「え!」


女性

「同じクラスになった時に、アタシの事を犯そうとしたけど覚えてる?」


「えっ!?」




彼は驚きの連続で、返す事は言葉もなく、話しを合わせて立ち去るつもりが、返って去る事すらも困難になった。


あたふたになった彼を見て、なぜか腹を抱えて笑う彼女。



彼女

「嘘、“サンジ”なんて名前、フランス人にはいないでしょ、漫画のキャラクターから取った名前で呼んだだけ、真剣に受け止められるとは思わなかったよ、アハハハ!」




会ったばかりの人間にコケにされた彼だが、不快な感情は沸いてこない。


むしろ、気分は落ち着いた。


印象的な笑顔と人の心を癒すオーラを放つ、不思議な女性。




彼女の名前は"エリーゼ・ドゥプレ"


年齢は彼と同じ20歳、中年層が多い自死希望者達の中では若い部類に入る。

漫画が大の好きで、本の部屋の常連でもある。

彼は漫画を読んでない事がエリーゼにバレた。


本人の事を見ていた理由を正直に話そうとしたが、エリーゼは手に持っている"寄生獣"を読む事を勧めた。




「いいんですか、読まなくて?」


エリーゼ

「アタシ、もう随分前に読み終わってるの、今1番見たいのはワンピースなんだけど、最新巻は他の人が読んでて」




勧められた事で彼は生まれて初めて、漫画を読む事にした。


エリーゼは漫画を渡して、笑顔を見せておちょくりながら、本の部屋を後にする。




エリーゼ

「それじゃあね、強姦魔のサンジ君」


「・・・あの」


エリーゼ

「ん? 何?」


「・・・いえ、ありがとうございます」


エリーゼ

「・・・それじゃあまた」




彼はエリーゼが自分の事を覚えているのか、気になったが、とりあえず日本漫画“寄生獣”を読む事にした。



1時間後、彼はあっという間に漫画の世界にのめり込む。


文字だけの小説とは違って、漫画はとても読みやすく分かりやすい。


そして何より、“面白い!”。


小説家は文章だけだが、漫画は絵・ストーリー・コマ・セリフ・豊かな表現力で成立する作品。


世の中には多様なアーティストが存在する。


映画監督・音楽家・イラストレーター・彫刻家などがいるが、芸術家類の中で究極の頂点に立つ芸術家は、漫画家だと彼は実感した。




漫画の奥の深さを知った彼だが、あるセリフを思い出した。




「それじゃあまた」




このセリフの意味は、“またどこかで会おう”と言う意味。


彼はこのセリフが気になり始め、読んでいた漫画も途中で拝読が止まった。


読むのを止めた時、本の部屋にある時計の針は12時を過ぎていた。






                     

午前12時30分


食堂はいつも以上に混んでいた。


何故なら今日は、スペシャルメニュー料理が食べられる金曜の日。


この日のスペシャルメニューは、チーズバーガー・フライドポテト・骨ありケンタッキー・イチゴかバニラ味のシェイク。


この日の希望者達は食欲が進み、大行列が出来上がっていた。


遅く来たので、30分以上待たされた彼だが、ようやく配食が回ってきて自分の分を取る。


あとは“席”の確保、本来は原則として食堂に滞在時間は一人15分間と決まっているが、金曜日だけは、希望者の9割以上が食堂で食事を済ませるが、原則なんて忘れて、仲の良い希望者同志が席を長時間独占する。


そのため中々、座れる席が見当たらない。


席を探し回っている内に、何回か同期を見かけたが、そもそも彼はレストガーデンで親しい関係と言える同期もいなければ、先輩もいない。

同期達はいつの間にか、輪を作り、施設内で仲睦まじくしている。


だが彼はレストガーデンに来てから、今まで群れるのを避ける“一匹狼”みたく過ごしていた。


普段ならそれでも構わないが、今回みたく腹を満たす為の食料を両手で持ち、ただ座る場所も確保出来ない存在でいる事に、“恥“と”劣等感“を抱く。



彼は思った。


ハンバーガーなんてどうでもよく、10万円もあるんだから、売店で何かを買って自分の部屋で食べればよかった。


結局自分は、外でも中でも惨めな思いをする事は変わりない。


この境遇が40日間待つだけで良かった。


もしあと一ヶ月も待っていたら、わざわざ安楽死カプセルに入らずに、“屋上”を使う、それで充分。




立ち止まり自己嫌悪に浸れる、周囲の楽しくしている声などは彼の耳の中に入って来なかった。


しかし、ある“女性”の声だけは、届いた。




エリーゼ

「何一人で突っ立てんるのよ、早く食べないとハンバーガーが冷えるわよ」




「・・・⁉」




“エリーゼ・ドゥプレ”と、また出会えた。




エリーゼが確保した席で彼は大きく口を開け、ハンバーガーを“ムシャムシャ”と食べる。


久しぶりのハンバーガーを、咀嚼音なんて気にせに涙目になりながら腹を満たしていく彼の前で、エリーゼはパンで挟んである“セロリ”と“レタス”を取り出して、彼の容器に置く。


まるで食べろと言わんばかりの行為、エリーゼは野菜が大の苦手。


エリーゼの勝手行為に、彼は何も言わなかった。


彼女のおかげで、ハンバーガーを美味しく食べれるのだから。


もし、あのままエリーゼに話しかけられなかったら、冷えたバーガーを食べ、心も冷えたまま部屋に戻る羽目になっていた。


せっかく無料でハンバーガを食べれるのだから、食べないに越したことはない。




エリーゼ

「紹介まだだったね、私の名前は“エリーゼ・ドゥプレ”、以後お見知りおきを」




これが、エリーゼ・ドゥプレとの初めての出会いとも言える瞬間でもあった。




part1に続く



                     

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