4 ボサ髪眼鏡が変人だったら
一室を開けると、その部屋は前と違って妙に薄暗い。そして所狭しと機械や工具な並んでいる。
「セレス隊長! ヴォルガ隊長とキィ・ディモンさんがおいでになりましたデスよ!」
「ん?」
その薄暗い中に、何かいる。そいつは振り返った。
よく見ると、黒髪がボサボサで眼鏡をかけて白衣を着た――多分、女だ。
「ああ、キミがキィ・ディモンくんか。キミに訊きたいことあったんだよ」
ボサ髪眼鏡が、席から立ち、俺に近寄って来る。眼鏡の奥が見えないくらい、度が高い眼鏡だ。
「組織員の口を割らせただろう? 何を使った? 薬? 拷問? 新型魔法? 新型霊術?」
凄い勢いで俺に近寄ってくる。もう、顔がすぐ傍まで近づいてくる勢いだ。その肩を抑えて距離を取ると、俺は答えた。
「俺の異能だ。俺は錠と鍵の異能を持っている。その鍵で、心の扉を開いたんだ」
「素晴らしい(エクセレント)!」
ボサ髪が声をあげる。
「実にエクセレントだ! 是非、見せてくれ。今後の参考にしたい」
「セレス隊長!」
チルルが声をあげた。
「ヴォルガ隊長が別室で待ってるデス! オークションに踏み込む打ち合わせをするのデス!」
「なんだ、堅いなあ、ちるるくんは」
「ひらがなで、ちるるって呼ぶのはやめるのデス!」
「大丈夫だ、聞いてるだけじゃ判らないよ」
「チルルには判るのデス!」
「判った、判った。――な、変わってるだろ、チルルくんは?」
ボサ髪眼鏡が俺に囁く。いや、確かにチルルもどうかと思うが、あんたほどじゃない。
「とりあえず――よろしく頼む。セレスティーナ隊長」
「セレスティーナはやめてくれ! ボクのことはセレスって呼んでくれないか」
「判った、セレス隊長」
しかし四番隊はこいつらが隊長と副隊長? …大丈夫なのか?
*
俺の心配を裏切り、チルルは意外にしっかりした人間だった。
「内偵させてた者から、近々オークションがあるという情報は得ていたのデス。けど、ディモンさんのおかげで四日後と場所が判りました。場所は此処デス」
チルルは地図を広げる。それは海辺近くの倉庫街の一角だった。
「オークションが行われるのはこの倉庫デス。この倉庫まで行く通路は6ルート、プラス海。その全てに人員を配置して、逃亡者を逮捕する班と、突入して組織員を制圧する班に分けるデス」
「オークションには組織員だけじゃなく、奴隷を買う客も来るのだろう。その規模は判るか?」
「組織員は50人ほど。客は30人ほど来るようデス。これを全員捉えると、国内の奴隷擁護派を、ほとんどを捕まえることになると思われるのデス」
法律を学んで現状を知る上で判った事だが、この国では奴隷売買は禁止だが、奴隷の所有は禁止じゃない。その網目をくぐるように、国外で奴隷を買い、国内に持ち返る貴族や豪商が大勢いる。国内奴隷制の完全廃止はそんな連中の反対によって潰されてきたし、その急先鋒がこの間死んだ『黄の明賢』ドライデン候だった。
その奴がいなくなった今、奴隷擁護派の一掃はまたとない好機だ。しかし――
「そんな事をして大丈夫なのか?」
事態は高度に政治的な判断を含むことになる。だが俺の心配を吹き飛ばすように、セレスが言った。
「構わん。奴隷経済の上に成り立っているような奴は能無しだ。他の隊はともかく、我々はレムルス王子から勅命を受けている」
ボサ髪眼鏡のトゲのある物言いに、俺は内心驚いた。と同時に、四番隊が人身売買組織を調査してたのが、レムルス王子の意向というのも驚きだ。
「そこでだ、ディモンくん」
急にトゲがなくなった明るさで、セレスが俺を見る。
「オークション出品者として、先行潜入してほしいのだ」
「出品者? つまり奴隷を売る側か。誰が奴隷役を務める」
「実は我々では相手組織に顔を知られている可能性が高い。そこの人員選択は君に一任する」
「了解だ」
俺は頷いた。仕方ない、シイファかニャコに頼むか。
*
――と、そんなやりとりがあったのが、昨日だ。
「レミーを連れてくって、どういう事ですか?」




