10 令嬢が決意したら
俺は人買いどもをアランに任せると、シイファと少女に向き合った。シイファが俺に口を開いた。
「あ…りがとう」
シイファはうつむき加減で、俺にそう言った。
「あたし……あいつらに、何も言い返せなかった…」
「刑事をする上で必要だから、この国の法律はあらかた学んだ後だ。しかし、あんな連中が横行してるのか? 警察力が弱すぎる」
この国、というかこの世界は、まだ警察が浸透してなさすぎる。改めてそう思った。
俺はしゃがんで少女に目線を合わすと、少女に訊いた。
「君の名前は?」
「……ネリ」
「親のところに戻りたいか?」
俺の問いに、ネリは賢明に首を振った。シイファが驚く。
「どうして?」
「お父さんかお母さんが、君を殴ったり蹴ったりするのか?」
俺の問いに、ネリは小さく頷いた。
「そんな……」
シイファが驚きに、小さな声をあげる。
「君に兄弟はいるのか?」
「いない」
家庭内暴力の被害は、彼女だけか。しかし母親がDVにあってる可能性も大だ。俺はシイファを見上げた。
「この子が家に戻ったら、また暴力にさらされることになる。孤児院で保護してもらった方がいいだろう」
シイファは、切ない表情で頷いた。
*
ネリを孤児院に預けると、俺たちは通りに出た。
「シイファ、孤児院時代、学校に行ったか?」
「いいえ。読み書きの基本くらいはの先生に教わったけど…」
「この国には平民の子供の通う学校がない。しかし例えば上級魔法などは、高いレベルの教育を受けないとできないものだ。そういう権利は貴族が握っている。逆に言うと、教育の機会を貴族が独占している事で、自分たちの権威を維持してると言ってもいい」
俺の話に、シイファは驚きの表情を見せた。
「俺は刑事だ。学者じゃないから難しいことは判らんが、平民の子に生まれたら、それだけ高い教育を受けるチャンスが少なくなる。シイファ、お前はスタート家に引きとられたから、上級魔導士になれたんだ。それは間違いがない」
「それは……そうだけど…」
「だからと言って、お前が家に従う必要はない」
俺の言葉に、シイファは顔をあげた。
「お前が身に着けた魔法は、お前の努力の結晶だ。それは家に与えられたものじゃない。お前はその魔法力で、十分に自立していける。家から自由になりたければ、自分の力だけで仕事をすればいい」
「けど……王子の教育係なんて、スターチ家だから与えられた職務だし――家から出たあたしには、何の力もないわ」
そう言って俯いたシイファに、俺は言った。
「何を言ってるんだ。お前の魔法は相当に強力なものだぞ」
「けど、さっきの男が襲って来た時、まったく反応できなかった。襲われたのがキィじゃなかったら――きっと刺されてたわ」
「それは俺が慣れてることと――お前に覚悟がないだけだ」
「覚悟?」
「女性はそもそも暴力を好まないが、男は躊躇しない輩が多い。お前は自分の魔法を使う時に躊躇があるが、力を使うなら覚悟を決めて――振り切ることだ」
「あたしに……躊躇?」
シイファは驚いた顔で、俺を見た。
「俺の見たところ、シイファにはまだ潜在的な力がある」
俺の言葉を聞いて、シイファは少し考えていた。が、やがて決意を固めた顔で俺に言った。
「キィ、少しつきあって」
俺は頷いた。
*
シイファと一緒に、俺はスターチ家へ戻ってきていた。
カリガムとウィンガムが出迎えている。シイファは二人に言った。
「お父様、お兄様、あたしはスターチ家を出ます」
「なんだと、シイファ…?」
驚くウィンガムをよそに、カリガムは見下した顔で言った。
「それで――この先、どうするつもりだ?」
「あたしは……自分の力で生きていきます」
「はあ? お前、何様のつもりだ。スターチ家の令嬢じゃなくなったお前に、何の価値がある?」
「あたしには、魔法があります!」
シイファはそう言った後、父親に向かって頭を下げた。
「お父様、あたしを引き取って育て、教育を受けさせていただき、ありがとうございました。本当に感謝してます。あたしは学んだ事で得た力で…この先を生きていきます」
「――ふざけるな!」
シイファの言葉の終わらないうちに、カリガムが怒鳴った。




