8 令嬢の育ちの事情を知ったら
二人は俺の言葉を聞き、顔色を変えた。
「そんなものは、ないが……」
「ならば娘が何をし、何を選ぶかは娘の自由意志に基づくべきでしょう。男女に関係なく、一人の人間として、その意志は尊重されるべきだ」
ウィンガムの言葉に続いて、俺はそう言った。シイファが俺を見る目が少し変わる。しかしカリガムは俺を睨みつけた。
「貴様、何を非現実的なことを言ってる――」
「ただし」
カリガムの言葉を待たずに、俺は話を続けた。
「家から経済的支援を受けながら、その家の意向に従いたくないというのは、難しい話ではあるでしょう。家から自由になりたのならば、家から経済的に独立しなければ」
俺はそう言って、シイファを見た。シイファは驚いた顔をしていたが、唇を固く結んだ。
「キィの……バカ!」
シイファが席を立って、外へ駆けだす。残された父親と兄は、驚きに包まれた顔で、その背中を見ていた。
俺は席を立った。
「俺もおいとましましょう。ご馳走になりました」
俺は一礼すると、その席を後にした。
*
俺が屋敷を出ようとすると、アランが傍にやってきた。
「ディモン様、教会へお送りしましょう」
「シイファは?」
「歩いて帰るから、放っておいてくれと……」
アランは白い口髭に苦笑を浮かべた。俺はアランに訊ねた。
「少し、あんたに訊いていいか?」
「わたくしで答えられる事ならば、どうぞ」
「シイファは何故、孤児院にいた?」
俺は今まで、それは敢えて知ろうとはしなかった。しかし、どうも事情を知っていた方がよさそうだと判断した。
「シイファ様の母上、シルベーヌ様は、元は屋敷の召使でした」
アランは少し考えながらも、そう口を開いた。
「カリガム様の母君、カレンディラ様は、上級貴族出身の方で、大層プライドのお高い方でした。ウィンガム様は先代の『青の智賢』から、その知性と魔法力を買われ、下級貴族の家から養子に入ったのです。ですからカレンディラ様は、夫であるウィンガム様を最初から見下してましたが、結婚は『青の智賢』家を存続させるために必要な事でした」
なるほど。カリガムからすれば、シイファは上級貴族の血がまったく流れていない『下賤な血』となるわけか。
しかし恐らくだが、自分が半分は下級貴族の血であることが、コンプレックスを強くしてるに違いない。
「……夫婦仲はすぐに悪くなり、お二人は屋敷まで別にして暮らすようになりました。その孤独なウィンガム様を癒したのが、シルベーヌ様だったのです。しかしお二人の間に子供ができると、カレンディラ様は烈火の如くお怒りになり、シルベーヌ様とシイファ様をスターチ家から追い出しました」
アランは少し息をついた。
「それを機に夫婦仲はますます悪くなり、お二人は全く顔を合わさなくなりました。表向きの社交場では二人揃って出ることもありましたが、カレンディラ様はウィンガム様と口をきこうとはしませんでした。ウィンガム様は、事の成り行きに責任を感じてました」
「シイファの親子は、どうしてたんだ?」
俺の問いに、アランは答える。
「片田舎でひっそりと暮らしていたようです。しかし暮らしは苦しく、シルベーヌ様は病で亡くなり、シイファ様は6歳の時に孤児院に入りました。ですが、その後、カレンディラ様が病でお亡くなりになり、ウィンガム様はそれを機に、親子を探しました。そして遺されたシイファ様を見つけ出し、娘として引き取ったのです」
「なるほど……」
アランはそこで、深いため息をついた。
「しかし、カリガム様は、父であるウィンガム様、そしてシイファ様親子が、カレンディラ様を不幸にしたと強くお思いです。幼い頃より、カレンディラ様からウィンガム様に対する蔑視を吹き込まれて育っておいでのようなのです…。そんなカリガム様に、ウィンガム様はカレンディラ様に対する自責の念から、何も言えないでいます。今や『青の智賢』は、カリガム様が引き継ごうとしておられるのです」
「それで家の差配に口を出してるわけか。シイファの政略結婚も、外国の有力支援を得ることで、家の力を増す方策だな」
「その通りでございます」
アランは少し、頭を下げる。
「あんたは、どう思ってるんだ? あの家を」
「わたくしは……できたら、家族というのは仲睦まじくあってほしいと、願うばかりでございます」
確かにそうだろう。だが、家族であるが故に憎悪が増すこともある。俺は刑事として、そんな事件を幾つも見てきたのだ。




