7 令嬢が嘘をついたら
スターチ候が相好を崩す。そう言っている間にも、食前酒が運ばれてきて、前菜が並べられた。
「まあ、食事でもしながら、今までの君が関わった事件のことなど話してもらえないかな」
「あまり食事時に話すような事柄でもない気はしますが……」
俺はとりあえず、そう言った。
まず俺が転生した事は伏せて、神父長殺しの事件、花屋のダグの連続殺人事件、王子暗殺未遂事件や、今回のドライデン候の事件などに話は及んだ。その間にも料理は次々と運ばれてきて、俺はその高級料理に舌鼓をうちながら、悲惨な箇所を避けて話をした。
「――そういえば、その後、『黄の明賢』のドライデン家は、どういう扱いになるのですか?」
俺の問いに、ウィンガムはワインを飲んで答えた。
「ドライデンには実子がいなかったから、縁戚筋からドライデン家を相続させることに決定した。逮捕されたドライデン家に仕える者たちも、大半は釈放される見通しだ。あの事件では、警護隊、それからドライデン家側の両方に一人の死亡者も出なかったが、まったく君の素晴らしい働きぶりに感心してるところだよ」
「そうですか。それはよかった」
やはり『九賢候』の家自体を取り潰すことは避けたか。賢明な判断だろう。
「クリスタ王子を含め、一部の貴族は取り潰しを主張してたみたいだけどね。レムルス王子が、家の存続を強く訴えたのよ」
シイファがそう口にする。と、それまでずっと黙っていたカリガムが、口を開いた。
「ドライデン家なんて取り潰せばよかったんだ。そうすれば王家直轄領が増え、王家の力が増す。それを余計なことを――」
「王家の力が一時的に増したからって、反発する貴族も増えるわ。レムルス王子は、それを御配慮したのよ」
「…お前が、王子に入れ知恵したんじゃないだろうな?」
「お兄様!」
忌々しそうに口にしたカリガムに、シイファは憤りの声をあげる。その二人を仲裁するように、ウィンガムが口を挟んだ。
「まあ、二人とも。レムルス王子の御考えは賢明なものだし、ドライデン家の扱いは九賢候会議で正式に決まったことだ」
フン、と鼻をならした後で、カリガムはシイファに言った。
「そんなにレムルス王子が賢明なお方なら、シイファ、お前はもうお役御免でいいんじゃないか? お前が教えることなんか、もうないだろう?」
「ええ。あたしが教える事なんて、もうないけど、教育係をどうするかは王子の決めることだわ」
シイファが敵意剥き出しで応える。カリガムは、相手を見下すような目つきで、シイファに言った。
「そんな事より、お前は早くナハールガに行け。お前がこの家に役立つことは、それに限られている」
ナハールガ、とは、このラウニードの隣国だ。ウィンガムも口を開き、シイファに言った。
「ギルダン候は、神人類の血を引くとても高貴なお方だ。シイファ、お前に直接会ってみたいと向うは言っている。会うだけでも、一度お会いしてみたらどうかね?」
ここまで来て、やっと俺は今日の意味が判った。つまりキィ・ディモンに会いたいと言えば、シイファが実家に連れて帰ってくる。本当の目的は、このシイファの見合いの勧めだ。
シイファは表情を硬くして声をあげた。
「あたしは会いません。相手が誰であろうと、関係ないわ」
「お前みたいな下賤の生まれが、神人の方と婚姻するチャンスなんだぞ。こんな奇跡が二度と起こると思うな」
下賤、という言葉を聞くと、シイファはきっ、とカリガムを睨んだ。歯を食いしばっている。
が、やがて口を開いた。
「あたしは……この、キィと結婚するんだから!」
なに?
シイファはいきなり、俺の腕をとった。
「ね、キィからも言って。あたしはキィと結婚するから、見合いなんかできないって」
「まさか、一緒に住んでるとは聞いてたが――」
カリガムが驚きの表情を浮かべる。しかしウィンガムは、冷静な顔で俺に問うた。
「本当なのかね、ディモン君?」
「…いえ。そんな事はありません」
「キィ!」
俺の答えに、シイファが腕を放して俺を睨む。
「ちょっと! 少しくらい話を合わせてくれたっていいじゃない!」
「俺は刑事だ。嘘はつけない」
俺は正直なところを述べた。シイファが顔を真っ赤にしている。
「キィのバカ! 頭硬すぎるでしょ!」
「しかし、訊きたいのですが――」
俺はウィンガムとカリガムに問うてみた。
「この国には、娘は親や兄の所有物だという法律でもあるのですか?」




