6 令嬢の家に招待されたら
つまり、ニャコのいたレネ村を襲ったのは、裏ギルド――デスコルピオに所属していた者たち……という事が判った。
しかしその場にいたゼブリアット枢機卿ですら、レネ村の事件はガロリア帝国の仕業と信じて疑ってなかった。当時、レネ村虐殺事件と、裏ギルドを関連付けるような話、手掛かりは一切残ってない。唯一の生き証人であるニャコが、まず二歳の子供でしかなかったから、まったく情報も得ることができなかったのだ。
翌朝、食卓で俺は二人にその事を話した。
「――恐らくだが、裏ギルドはその後、生存者がいる事を知り、証拠隠滅を考えたに違いない」
俺はバタートーストを食べながら、そう言った。
「証拠隠滅って?」
「バカね、あんたを殺すってことよ」
「え~っ!」
シイファの言葉に、ニャコが驚きの声をあげる。シイファはエッグスタンドに入れた半熟ゆで卵を、スプーンですくいながら言った。
「けど、実際にはニャコは殺されなかった。どうしてかしら?」
「ニャコが保護されたとき、ほとんど感情反応がなく喋ることもなかったと言ってただろう。それが幸いしたんだろうな。口封じの必要がない、と判断された」
俺がそう言うと、ニャコが厚切りのハムステーキを頬張りながら真顔で訊ねる。
「え、じゃあニャコ、狙われるの?」
「いや、恐らく今さらだろう。裏ギルドはこの間、拠点を叩いたばかりだし、しかもお前を刺した火傷痕の男も逮捕者の中にはいなかった。裏ギルドもメンバーを次々と変えてるだろうから、当時の人間が残ってるかどうか判らない。レネ村事件の実行犯は、もうこの国にはいないかもしれない」
「ふゅ~、たふかったあ」
ニャコ口をモゴモゴさせながら、そう言った。
心に閉じ込められた時はああ言ったが――呑気すぎるかもしれん。
「しかし、裏ギルドが実行犯だとしても、それを依頼した依頼者がいるはずだ。それはガロリア帝国かもしれないし、あるいはまったく別の存在かもしれない。それは何の手がかりもないままだ。だがいずれ――真相を明らかにしよう。いいな、ニャコ」
「うん。キィに任せるよ!」
お腹が満たされて、機嫌がよくなったニャコは笑みを浮かべた。
俺は頷いて見せる。それをじっと見ていたシイファが、カフェ・オ・レを口にしながら俺に言った。
「――それはそうとキィ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
「今日、一緒に来てほしいんだ」
「構わんが、何処へだ?」
「ちょっと家へ」
シイファはそう言うと、目を伏せてカフェ・オ・レを呑んだ。
*
大きな屋敷だ。一言で言うと、シイファの実家、スターチ家の屋敷は巨大だった。
執事のアランの迎えで連れてこられたが、門扉から邸までが馬車でもまだ時間がかかる。ドライデンの屋敷も大きかったが、九賢候の地位というのは凄いものだと再認識した。
「――で、俺は一体、何故呼び出されたんだ?」
「お父様が、キィに会ってみたいって」
九賢候の一人、『青の智賢』スターチ候が、か。どういう要件だ。
「俺に会って、どうしようというんだ?」
「さあ」
シイファは窓の外を見ている。
俺はシイファの案内ででかい屋敷を通り抜け、奥の客間へとたどり着いた。長テーブルには白いシーツがかけられて、机上には花が置いてある。
「やあ、よく来てくれた。私が、ウィンガム・スターチだ」
スターチ候は、俺を部屋に招き入れると、まず握手を求めた。
思いのほか若い印象だ。整った顔だちで、少しシイファに似ているかもしれない。どこか知的で、繊細そうな雰囲気も少し似ている。
何故、握手? と思わないでもなかったが、とりあえず応える。
「カリガムとは既に会ったことがあると聞いてるが――」
手を振ると、既に一席にシイファの兄、カリガムが足を座っていた。こっちは仏頂面だ。
「あの時の他国人が……妹に取り入ったのか?」
「そんな言い方は止めてください」
カリガムの言葉に、シイファが返した。フン、とカリガムはそっぽを向いた。
促されるまま席につこうとすると、メイドが椅子を引く。俺の隣に、シイファも座った。
「それで……今日はどういう要件で?」
「いや、最近、宮廷では君の話でもちきりでねえ。噂の人物に一度会いたいと思い、シイファに無理を言ったんだよ」




