4 巫女の記憶を追体験したら
「一体、何が起きてるの?」
「判らん。とにかく、お前たちは奥に隠れるんだ!」
男の必死の形相に、女がこちらを向いた。
若い女性で、慎ましい美しさがある。
どこか、ニャコに似ている。この女性が、ニャコの母親なのだとすぐに判った。そして、男はニャコの父親なのだろう。
「ニャコ、奥へ行きましょう」
ニャコの母親は、手をつないだニャコに、そう呼びかけた。
その声に、視界の主が答える。
「かくれんぼ?」
幼い声だ。そして聞き覚えのある声――二歳のニャコの声だ。
不意に、母親の顔が目の前にくる。
「そうよ。上手に隠れましょう」
「うん」
母親は精一杯の笑顔をつくると、ニャコの手を引いて奥へと移動した。
台所へ来る。母親はそこのカーペットをめくると、そこから現れた地下収納の扉を上げた。
「ニャコは此処に隠れてるのよ。さ、入って」
「お母さんは?」
ニャコの幼い声に、母親はしゃがむと、ニャコに言った。
「お母さんは別の場所に隠れるからね。絶対、何があっても声を出しちゃダメ。いい?」
ニャコは頷く。母親が悲し気に笑った。
「いい子……」
不意に、母親がぎゅっとニャコを抱きしめた。が、すぐに身体を放す。母親に促され、ニャコは地下収納の小さなスペースに入りこんだ。
「いい。絶対に声を出しちゃダメよ」
「うん」
母親は少し微笑むと、地下収納の蓋を閉じた。視界は真っ暗になる。その上から、カーペットを戻す気配も感じられた。
暗闇の中で、ニャコは身を潜めている。その時間は短かったが、ニャコにはとても長い時間に感じられた。
「――やめて! お願い、ひどい事をしないで!」
突然、母親の声が聞こえてきた。
カーペットがめくられ、天板が開けられる。光が差し込み、ニャコは上を見上げた。
「こんな処に隠れてるじゃねえか」
そう言ってニャコを覗き込んだ男は、片目ずつ覆う両目型のゴーグルをつけていた。その顔の向かって右側に、火傷の痕がある。
両目ゴーグルの男が手を伸ばし、ニャコの髪を掴んで床の上に引っ張り上げた。
「娘に手を出さないでっ!」
母親が悲痛な声で叫ぶ。母親はもう一人の男――黒髪を後ろで縛った男に、両腕を後ろで掴まれていた。
「ひっ――ひっ……」
捕まれた髪が痛い。ニャコは恐ろしさに泣き始めていた。
だが両目ゴーグルの男は、容赦なくニャコを引きずりだし、床に放り出す。
「やめて! お願い! やめてっ!」
「そういう訳にもいかねえんだよ」
黒髪の男はそう言うと、母親を床に放り出す。
そしてその胸に、持っていた剣を突き通した。
「お母さんっ!」
胸を剣に貫かれた母親が、口から血を流す。母親は、ニャコの方を見た。
「ニャコ……」
黒髪の男が剣を引き抜くと、母親は床に倒れ込んだ。
「お母さんっ! お母さんっっ!」
ニャコは必死になって叫んでいる。その視界と、両目ゴーグルの男が遮った。
「お母さんは、もう死んじゃったよ。可哀そうにね」
両目ゴーグルの男が、ニャコに顔を寄せる。その口には薄笑いが浮かんでいた。
「ひ…ひっ……」
「大丈夫、お前もすぐにお母さんの処に行けるから」
「ひ……ひぃ……」
少し顔を離した男の胸に、ペンダントがぶら下がっている。それはサソリを象ったペンダントだった。
「短い人生だったね」
男はそれだけ言うと、ニャコの胸に剣を突き立てた。
激痛。――以上の、死の予感。ニャコの口から、血が噴き出す。
視界が真っ暗になり、ニャコは倒れた。
しかし、しばらくした後、ニャコの視界が再び目覚める。
口から血を流した母親が、ニャコに手を伸ばしていた。
「おかあ……さん…」
「ニャコ……あなただけは…生きて――」
ニャコの母親は、最後の命を振り絞って治癒術を施していた。
母親は、最後に微笑んだ。




