3 巫女の過去を知ったら
「ふむ……そのペンダントが、ニャコくんの深い心の傷の部分に触ったのじゃろう。その恐ろしい記憶から逃れるために、自分にとって安らかな記憶の中に閉じこもって身を守ろうとする。その防衛本能が、霊障を起こしているのじゃ」
ゼブリアットの事がを受けて、俺はさらに問うた。
「ニャコにとって恐ろしい記憶とは何だ? 知っているのか?」
ゼブリアットが丸眼鏡を向けた。
「ニャコくんは、『レネ村虐殺事件』の、ただ一人の生き残りじゃ」
シイファが、隣で息を呑んだ。
「――17年前、ガロリア帝国はラウニードに統治官を配置するように求めた。その二年後じゃ。帝国領付近のレネ村の住人、約200人が、一夜のうちに虐殺された。首謀者は不明じゃったが……帝国の脅し、として間違いなかろうという見解が大半じゃった。そこでラウニードは国境付近に軍を配備し、そこで帝国軍との戦いが始まるようになった。レネ村はその開戦のきっかけとなった、この国にとっても忌まわしい記憶じゃ」
ゼブリアットはそう言うと、静かに息を吐いた。
「その虐殺現場で、唯一、生存者として発見されたのが、2歳だったニャコくんじゃ。この子は発見当初、泣き声もあげす、喋ることもなかった。まるで感情を何処かに置き忘れたように、ただボーッとしていたのじゃ。擁護院のサラ・パティントン女史の懸命な看護で、ニャコくんは次第に感情を取り戻し、日常生活を送れるようになったと聞いておる」
俺たちは枢機卿の話に、何も言えなかった。
しかし少しして、シイファがうつむき加減で口を開いた。
「あたしは6歳の時に孤児院に預けられて、ニャコとチェリーナに出会ったんだけど……。会った時はもう凄く元気な子で、いっつも笑ってて元気に走り回って、マイペースな子だった……。後からレネ村の事も知ったけど――ニャコはきっと、何も覚えてないんだろうなって…勝手に思ってた……」
シイファが、悲痛な表情でそう洩らした。
「あたし……ニャコのこと…何も知らなかったのかもしれない……」
「そんな事はないさ」
俺はシイファに言った。
「ニャコはシイファの事を――そうだな…家族みたいに思ってる。それは一緒に暮らしてる俺が、いつも思う事だ」
シイファは少し潤んだ目で、俺を見上げた。
「ニャコはシイファの傍にいる時、いつもリラックスしている。頼り過ぎなくらいだ。お前だって、そう思うだろ?」
俺の言葉に、シイファは笑みをこぼした。
「そうよねー、ニャコってば、いっつもあたし頼りなんだから…。今回も、あたしが助けてやらないと」
「駄目だ」
冗談めかしたシイファに、俺は即座に言った。
「俺がニャコの中へ入る」
「どうして? あたしの方がつきあい長いでしょ!」
抗議するシイファに、俺は言った。
「ニャコの怯える過去は、そのレネ村の惨劇の場面だろう。そこでは虐殺の瞬間を目撃するかもしれない。シイファ、お前はそれを目の当たりにして、平気でいられる自信があるか?」
俺の言葉に、シイファが黙り込んた。俺は頷いた。
「俺は刑事だ。凄惨な現場を幾つも目の当たりにしている。俺が行った方が安全だ。…ニャコが心配なのは判る。だが、待っててくれ。必ず、ニャコを連れ戻す」
シイファは俺を見つめていたが、やがて口を開いた。
「判った――ニャコのこと、お願い」
「ああ」
俺は頷くと、ゼブリアットの方を向いた。
「俺が行く。頼めるか?」
「いいじゃろう。では準備にとりかかろう」
ゼブリアットはそう言うと、丸眼鏡の奥から俺を覗き込んだ。
*
ニャコのベットの傍に、二枚の大きな霊鏡が対になって置かれた。
俺はニャコの枕元、その鏡の傍に置かれた椅子に座る。
「それじゃあ、ニャコくんの胸に上半身を投げ出して」
俺はゼブリアットに言われた通りに、ニャコの心臓の音を聴くように身体を置いた。
「眼を閉じて――霊体の引き出しは、わしが手伝おう」
そう言うとゼブリアットが俺の背中に手を置く。
と、俺の中で、あの死んだ時のような感触が甦った。幽体離脱だ。
しかし俺は外には出ずに、ニャコと一体になるように接近して、そのまま暗闇の中に落ちていった。
*
「――大変だ! 村の皆が殺されている!」
必死の形相で、男がそう言った。まだ若い男を、その視界は見上げている。
これが……ニャコの記憶か。
俺がそう理解した途端、傍から女の声がした。




