2 巫女が眠りから覚めなかったら
俺の言葉を聞いて、ヒュリアルは顔色を変えた。
「何故、私にこんなものを託す?」
「お前みたいな頭のいい奴は、知らないという事を自分に許さない。お前なら、貴族が裏で行っている悪事を全て把握するだろう。その上で、お前がどうするか……俺は見てみたい」
俺はヒュリアルを見つめた。
まだ驚きの中にいるヒュリアルが、俺を見返す。
「……お前にとって不利益な行動をとるやもしれんぞ」
「かもな。そのリストの件は、ロイナートにも報告していない。ロイナートの立場上、知ったら動かなければいけない事もあるからだ。それをどうするかも、お前が考えればいい」
俺はそれだけ言うと、踵を返した。
ヒュリアルの視線を背中に感じる。
「一つ言っておくが、貴族出身者では、正確な調査はできないケースもあるだろう。人員は適材を選べ」
俺は背中を向けたまま、そう告げた。
「……覚えておこう」
その声を背後から聞いて、俺はその三番隊詰所を後にした。
*
教会に戻ると、シイファが真顔で話しかけてきた。
「キィ、ニャコの意識が戻らないの」
「なに? もうかなりの時間が経ったはずだが」
「……何か特殊な事が起きてるんだと思う。霊力が高い人は、そういう事があるって聞いたことがある」
考えながら言うシイファに、俺は問うた。
「誰か、相談できる人はいないのか?」
「うん。家の者を通して、その人のところに行くことになってる。キィはニャコを運んで」
「判った」
ニャコを見ると、確かにまで寝ている。傍にはロックがいた。
「くうん」
ロックが心配そうに頬を舐めるが、起きてくる様子はない。
俺が抱きかかえても意識が戻ることはなく、俺はニャコを馬車へ運び入れた。御者の声がする。
「よろしいですかな」
「出して」
シイファの声で、馬車が動き出す。
「そういえば――前もあんたの御者で馬車に乗ったことがあるな」
俺は、御者をやっている身なりのいい老人に話しかけた。
「スターチ家執事のアランです。お見知りおきを」
白い口髭の老人は、そう丁寧に答えた。俺はシイファに問う。
「何処へ向かうんだ?」
「ゼブリアット枢機卿――ニャコを特級巫女に任じた人よ」
シイファはそう答えた。
*
ゼブリアット枢機卿は、大教会の一室で俺たちを待っていた。用意されたベッドにニャコを寝かせる。ゼブリアット枢機卿はニャコに近づくと、その額に手をかざした。
「ニャコは、どうしたんですか?」
シイファの問いに、銀髪を三つ編みにし、後ろで結わえたゼブリアットが答えた。
「霊障じゃの」
ゼブリアットは、上目遣いに丸眼鏡の奥の眼を向けてみせた。
「自分の心が、自分の記憶の中に閉じこもっておる。普通なら、少し経てばそこから出てくるんじゃが、霊力が強すぎてその殻が破れんのじゃ」
「目覚めさせる方法はないのか?」
俺が問うと、ゼブリアットはこともなげに言った。
「ある。魂封じという罰があるが、それに近い状況じゃ。魂封じの解除法を使えばいいじゃろう。ただし――」
「ただし、なんだ?」
ゼブリアットは立ち上がると、俺たちに言った。
「少し危険を伴う方法じゃ」
「どうしたらいいの?」
シイファがせっつくように声をあげた。
「二枚の霊鏡で目覚めぬ者を挟み、その間にもう一人が霊気を放出する。うまくいけば、その者の霊体が目覚めぬ者の意識に入りこみ、直接本人を起こしに行ける。本人と親しい者でないと、入ることはできない」
「あたしが行くわ!」
シイファが声をあげた。ゼブリアットが、シイファを見た。
「ただし、行った者はその魂にからめとられ、戻ってこれないかもしれない。二人とも、己の心の殻に閉じこもってしまう可能性があるのじゃ」
「構わないわ、あたしが行く!」
「待て」
声を上げるシイファを、俺は止めた。
「自分の過去に閉じこもると言ったな? ニャコがペンダントを見てこの状態になった事と、どう関係する?」




