2、遺体から霊を呼び出したら
「――なあ、足跡なんか調べてどうするんだ?」
ガイスラッドが不思議そうな顔をする。
「侵入した賊が何人いたかが判る」
「そんなのは、賊を一人捕まえた後に吐かせればいいんじゃないのか?」
「一番の大物を隠し通すかもしれないだろう。その場に何人いたのかを特定するのは、極めて重要だ」
「なるほど」
ガイスラッドは納得したように、鼻で息を吹いた。俺はアルティアにタブレットを返しながら言った。
「賊は足跡だけで判断するなら最低五人。同じ靴を履いてる可能性もあるから、決定ではないがな。――あ、まだ消さないでくれ。室内にそれ以外の足跡が残ってる可能性がある。そういう時に、画像記録があると照合できるからな」
「……そんな使い方ができるんですね」
アルティアも、感心したように声を洩らした。
俺たちは玄関に戻り、屋敷内に入った。
「使用人が四人殺されたと言ってたな? どういう連中なのか判るか?」
「それは、夫人に訊ねた方がいいかもしれません」
アルティアの言葉を受けて、俺たちは屋敷内に入った。
「ひゃっ!」
ニャコが悲鳴を上げる。玄関扉を開けた途端、一人の男が倒れていたからだ。うつ伏せになっていて、玄関に向けて手を延ばしている。その一体の床は血だまりが出来ていた。
背中に大きな傷がある。が、斬りつけた傷以外に、横腹にも刺し傷が左右に幾つかあった。顔を見ると、30代半ばから40代前半くらいだ。
「どうやら玄関から逃れようとして、ここで殺されたようだな。しかも複数の人間に傷つけられている」
俺はそう言ってから、アルティアを見た。
「夫人たちは?」
「向こうの部屋です」
アルティアに案内されて、俺たちは一室へと向かった。
そこには青ざめた夫人と、怯えた顔の娘二人がいた。娘たちはそれぞれ、15、6歳と、12,3歳くらいに見えた。
「ガスパオ夫人ですね。私はキィ・ディモン。警護隊の事件調査員です。少しお話をお伺いしてもいいですか?」
「あ……はい」
薄紫色の髪を結いあげた夫人は、やつれた顔でそう答えた。
「殺された使用人の事を教えてください」
「執事のトーバスと、料理人、警護役の魔導士と剣士の四人です」
「全員男性ですか?」
夫人は頷いた。
「玄関で倒れていたのは?」
「剣士のリドルです。帰ってきたら彼が倒れていて……恐ろしくなって奥へ行ったら――主人が……」
夫人は両手で顔を覆った。
可哀そうだが、俺はさらに質問を続けた。
「昨夜、夫人と娘さん方は屋敷にいなかったという事ですが、どのような理由で留守にしてたのですか?」
「商人のダレスの別荘に招かれてましたの。ダレスの娘はうちの長女――ニーナと同い年で、普段から仲良くさせてるんです」
「ダレスさんとは、どういうつきあいで?」
「うちの領内から摂れる魔晶鉱石を捌いてもらってますの。もう長い付き合いですわ」
「なるほど」
俺が頷くと、夫人が言った。
「早く……主人を昇天させてやってください。あのままじゃ、あまりにも可哀そうで――」
するとアルティアが、口を開いた。
「そうですね、ご主人の霊が何か手がかりを伝えてくれるかもしれませんし」
俺は頷いて、夫人にガスパオ候の遺体の処まで案内してもらった。
ガスパオ候はがっしりとした体つきの男で、やはり数ヶ所の切り傷と刺し傷がある。複数の人間から殺された痕跡だった。
「ニャコ、大丈夫か?」
「……うん。大丈夫」
直接殺害された現場を見て、ショックを受けたのだろう。ニャコは心なし、青ざめた顔をしている。だがニャコは昇天の儀を施し始めた。
ニャコの身体が白く光り、その光が遺体に移る。と、ガスパオ候の遺体から、霊が浮かび上がってきた。
「あなた!」
「パパ!」
夫人と娘たちが声をあげる。
ガスパオ候は驚いたように家族を見るが、悲し気な顔をした。
と、ガスパオ候が、不意に何処かを指さす。
指さした方向には、棚があった。俺はそこに近づいて、一番上の引き出しを指さす。ガスパオ候の霊が首を振る。




