第八話 惨劇の事件を知ったら 1、ゲソ痕を発見したら
俺とニャコが連れていかれたのは、ガスパオ候という下級貴族の屋敷だった。屋敷はファーテップの外にあり、俺たちはアルティアの運転する馬車に揺られて移動した。
「ガスパオ候が殺された、というんだな?」
俺がガイスラッドに訊くと、ガイスラッドは頷いた。
「ああ。使用人四人とともに、家の中で斬殺されていた」
「家族はいないのか?」
「見つけたのが家族――妻と二人の娘だ。妻と娘たちは、商人のダレスの別荘に招かれて、そこに滞在していた。そして戻って来たところで、屋敷の惨劇を目の当たりにした――と言う事だ」
「ふむ……」
家人が留守にしていたのは偶然か、必然か?
そんな事を考えていると、御者をやっているアルティアが、振り返らずに声をあげた。
「惨状は発見当時のままです。ガスパオ夫人と子供たちは別室に待機していただきました。事件があったら、調査員が来るまで事件状態を保存するように、とロイナート総隊長からの通達だったので」
「そうか。それは助かる」
なんて気の利いた通達だ。事件捜査をロクにやらない世界なので、現場保存の基本など守られようはずもないと思っていたが、少しは考えるようになったという事か。
屋敷はリワルド出身の俺からすれば巨大としか良いようのないものだったが、庭はただっ広いだけで草花にとぼしく閑散としている。王宮などを見た後なので、これが下級貴族の屋敷だと納得できた。
俺はまずガイスラッドに訊ねた。
「侵入口は判るか?」
「いや? ……玄関じゃないのか?」
ガイスラッドは首を傾げる。この男なら正面から行くことしか考えないだろうが、犯罪者はそうじゃない。俺はアルティアを見た。
「そう言えば、玄関には鍵がかかっていたと夫人が言ってました」
「そうか」
俺はアルティアの言葉を聞くと、屋敷の周囲をぐるりと回ってみた。一階の裏側の窓が開け放たれている。その窓の傍まで来ると、俺は周りを制した。
「そこで止まれ」
俺はそっと近づく。ゲソ痕――足跡が残っている。複数の靴の種類だ。犯人は複数犯。
俺はアルティアを振り返った。
「あんたが持ってるのは、魔道具なのか?」
俺の問いに、赤フレームの眼鏡のアルティアが答える。
「マジック・ブックですか? まあ、魔法杖のようなものですが。わたしはこれに魔晶石を集積して、魔紋を浮かび上がらせて魔法を使います。ラウニードでは珍しいかもしれませんが、帝国では新しいスタイルとして人気があります」
「映像を記録する魔法――なんてないのか?」
タブレットに似ているから、もしかしたらと思って訊いてみたのだが、魔法杖のようなものと聴いては期待できないか。
しかし、そう思った俺の予想と裏腹に、アルティアはあっさり答えた。
「ありますよ。最近、画像記録魔法が開発されて晶石面に映し出す技術が開発されたので、入れてみました。写画――というようですが、帝国では凄い人気のようです。まだ高価なもので、ラウニードでは浸透してませんが」
「この地面に残る足跡を撮ってみてくれ」
俺がそう言うと、アルティアは露骨に嫌な顔をした。
「え? そんな価値のないものを撮るんですか?」
「見終わったら記録から消していいから、頼む」
「判りました」
そう答えると、アルティアは不承不承といった体で地面の写真を撮った。シャッター音がしないのが、妙な感じだ。
「見せてくれ」
アルティアがタブレットを差し出す。俺が見ようとすると、ガイスラッドとニャコも覗き込んでくる。
「な、なんだお前ら」
「え~、見せて見せてよお」
「おれも見た事ないんだ、見せろよ」
狭い空間をギュウギュウと押し合いながら、画面を見ると地面の画像が映し出されている。俺は画像の中を指さした。
「これとこれは異なる足跡だ――これも違う。これも違うな。あと、異なる足跡があると思うか?」
「ここ、足跡の上に、足跡ついてるんじゃない?」
ニャコが一つの足跡の場所を指摘する。微妙だが、確かに踵部分が少しはみ出していて、その感じがした。
「現物で確認しよう」
俺は実際の地面の上を見てみた。ニャコの言う通り、一つの足跡の上に、重なって足跡がついている。
「別の足跡だ。お手柄だぞ、ニャコ」
「へへん」




