7 過去を想い出したら
*
「――今日、残業で遅くなりそうなのよ」
母さんがそう言った。俺は構わず朝食の味噌汁を呑んでいる。向かいで新聞を読んでいた親父が応えた。
「俺も早くには戻ってこれないぞ」
「じゃあ、わたし一人で帰るよ」
口を開いたのは母さんの隣に座る妹、さくらだ。もう食べ終わって、食器を持ってシンクに移動しようとしている。母さんが俺の方を向いた。
「ねえ錠一、あなた迎えに行ってやれない?」
「……面倒くさいな」
俺は味噌汁を飲み干すと、そう答えた。
「模試が近いんだ、勉強に集中したいんだけど」
さくらはバレエ教室に通っている。終わり時間が遅いので、いつも母さんが迎えに行っているのだが、それを俺に頼みたいというのは判った。
「よくそんなに勉強して飽きないね」
呆れたような顔で、髪をまとめたさくらが言う。その皮肉っぽい言葉に、俺は憎まれ口を返すことにした。
「大体、お前みたいな奴、誰も興味なんかない」
「ちょっと! わたしこれでも結構モテるんだからね!」
「そうなのか?」
親父が真顔で妹を見る。娘の事が心配なのか?
「もういいよ、お兄ちゃんはお忙しそうだから勉強してて。わたし一人で帰れるから」
「判ったよ、駅まで行けばいいんだろ」
「もういいです!」
さくらはしかめっ面を見せると、急ぐ素振りを見せた。
「じゃあ、行ってきます」
さくらがそう言って背中を見せる。その背中に、俺の胸が痛む。
待て――行くな、さくら。
行くんじゃない。
*
気づくと、俺は冷たい床で頬が冷えていた。身体を起こすと、俺の周囲は鉄の棒が並んでいる。
留置所――かと思ったがもっと悪い。そこは小さな檻だった。
「――気づいた?」
向かいを見ると、やはり同じような檻に、シイファとニャコが入れられていた。
檻は小さく、立てるだけの高さはない。これではまるで、奴隷を閉じ込めるような状況だ。いや、案外それに近い状況なのか。
周りは小さな部屋で、俺たち以外には誰もいない。
「どうやら捕まってしまったようだな」
「キィ、ごめんね。ニャコたちのことに巻きこんじゃって」
檻の鉄棒を掴んで、ニャコは俺に向かってそう言った。物凄く申し訳なさそうな顔をしている。隣の檻で、シイファは悲し気な顔で、伏し目がちにこちらを見ていた。
「……身体は大丈夫なのか?」
俺はニャコたちに訊いた。ニャコの顔が、パアッと明るくなった。
「うん、もう大丈夫! けっこう寝たからね!」
「あれから、どれくらい経ったんだ?」
「多分、4、5時間ってとこ。あたしは異世界観覧の魔法、ニャコは転生の儀で消耗してたから、あたしたちもかなり寝てた」
「そう! そうでなかったら、あんな二人組なんかに負けたりしなかったのに。だってニャコは特級巫女だからね!」
ニャコがそう言って鼻息を荒くする。本当か、こいつ?
「その魔法とかで、この檻から出られないのか?」
「この三力封じの首輪――力封錠があって無理」
俺の問いに、シイファが自分の首を指さした。言われてみると、大きな首輪をはめている。隣のニャコも同じものを着けていた。自分を触ると、俺の首にも同じものがあった。
「どういうものなんだ?」
「魔法はそもそも法式が刻印された魔道具がないと使えない人が大半。けど本物の魔導士は法式を詠唱すれば魔法現象を起こせる。これはその詠唱をすると超音波で頭痛を起こして詠唱を妨害する」
シイファの説明の後に、ニャコも声を上げた。
「霊力を使うと電撃を流して、霊力を地面に流して拡散させちゃうの。これで霊力も使えない」
電気に対するアースみたいなものか。俺は問うた。
「最後の気力は?」
「気力を使うには爆発呼吸が必要なんだけど、これはそれを感知して首を絞めて阻害する仕組みが含まれてる。以前はそれぞれ別の道具で力を封じてたんだけど、少し前に帝国が三力を一度に封じるリストレイナーを造って、瞬く間に世界に広がったの」
「で、俺たちは手も足も出ない、という事か。――これからどうなる?」




