10 十字傷の男が現れたら
「お前がキィ・ディモンか?」
「…そうだ、と言ったら?」
男は不敵な笑みを浮かべたまま、俺を見ている。
「いい面構えだ、悪くない」
俺と十字傷の男は、しばし睨みあった。と、
「――あ~っっ!!」
その時、背後からニャコの声が響く。ニャコはさらに声をあげた。
「ちょっと! 何、ドア壊してんだよ!」
「い……いや、すまん。ガタついてたので、無理に開けようとしたら――」
十字傷の男は、突如、弱ったような顔をしてニャコに言った。ニャコの怒りは収まらない。
「古いから中の方が錆びてたんだよ! 壊さないように、注意して開けてたのに!」
ニャコはズカズカと男の方に歩いていく。男がたじろいだように道を開けると、背後にドアがなくなった入口があった。ドアは完全にとれて、外へ倒れている。
「あーっ! 完全にとれてるじゃん!」
「す…すまん……」
男は申し訳なさそうに、片手を後頭部にあてた。
「シイちゃん、お願い~」
「あいよ」
後ろからやってきたシイファが、返事をしながら前へ出る。
「ちょっと! ドアを持って!」
ニャコは十字傷の男に命令する。男は言われた通りにとれたドアを持ち、元の場所へと近づけた。
シイファが緑の指輪を光らせ、修復魔法をかける。俺はシイファに訊ねた。
「ドアを持つ意味はあるのか?」
「修復魔法は半径15cm圏内くらいじゃないと効力ないからね。――はい、直った。けど、錆びついてるのはとれないから、元のままだよ」
「ありがと、シイちゃん」
ニャコがシイファに微笑む。
俺は十字傷男に、向き直った。
「…で、あんたは誰だ?」
俺の問いに、十字傷男が無意味に不敵な笑みを浮かべる。
「おれは王都警護隊、第二番隊隊長ガイスラッド・ロギアルだ」
この強面十字傷男が二番隊隊長? 一番隊のメサキド、三番隊のヒュリアルが貴族っぽい、細い連中だったからそういうものかと思っていたが――ヴォルガ以外にも屈強な奴がいたようだ。
「で、その二番隊隊長が、俺に何か用か?」
「フフ……キィ・ディモン。夜の烏と戦った時に、相当な腕だったと聞いてるぞ。どうだ、おれと戦え!」
ガイスラッドは喜色を浮かべて、俺にそう言った。
「断る」
「なにぃ! 何故だ?」
憤然とした顔をするガイスラッドに、俺は言ってやった。
「お前と戦う理由がない」
「強い奴と戦うのが、漢の生き様だろうが!」
納得しないガイスラッドに、俺は言った。
「俺は刑事だ。犯罪者制圧のためには戦うが、必要以上に戦闘を求めてはいない」
「なんだと! いや……じゃあ、訓練ってのはどうだ?」
ガイスラッドは何故か弱気な表情で、そう俺に懇願する。
と、その背後から女性の声が響いた。
「はいはい、隊長! そこまでですよ!!」
教会に入ってきたのは、黒髪をボブにして赤いフレームの眼鏡をかけた女性だった。警護隊の制服をスカート仕様で身に着けた女性は、小脇にタブレットっぽいものを挟んで歩いてくる。
「ガイスラッド隊長、本来の要件を忘れてます!」
「そ、そうだった。すまん」
ガイスラッドは片手を後頭部にあてて、眼鏡の女性に謝った。赤メガネ女史は、改めて俺たちに向き直ると礼をした。
「お騒がせして申し訳ありません。わたしは第二番隊の副隊長、アルティア・ゼスカと申します。事件調査員キィ・ディモンさんに、協力要請をしにやって参りました」
「協力要請?」
「はい。警護隊が関わるような事件の際には、今後は調査員であるキィ・ディモンさんに協力を仰ぐようにと、ロイナート総隊長からの通達がありましたので」
そう言うと、アルティアは俺の方をじっと見つめた。
恐らく、値踏みをしている。俺がどれくらいの能力があるのか、見極めようとしている様子だ。この副隊長は頭が切れて、戦闘バカの隊長を支えてる――そんなところだろう。
「という事は事件があったという事だな。判った、すぐに向かおう」
「それと――巫女のニャコ様もご協力いただくようにと」
アルティアはニャコに向き直り、そう告げた。
「ニャコも? ……うん、判った」
ニャコは少し微妙な表情で、そう頷いた。




