7 総隊長と戦ったら
「報告はヒュリアルから聞いている。特別捜査官として動いてるそうだが、ヒュリアルの立場では私に報告するのは当然だ。彼を悪く思うな」
なるほど。…という事は、ヴォルガとメサキドは、ロイナートに俺の事は話さなかったという事か。ヴォルガはともかく、メサキドは意外に義理堅い奴なのか? …いや、自分だけが秘密を知ってるという、優越感に浸っていたのかもしれんが。
そんな事を考えながら、俺は内ポケットから手帳を取り出し、ロイナートに三尖の炎の紋章を見せた。
「なるほど……本物で間違いないようだ。君はそれが、どれだけ価値のあるものか判っているのか?」
ロイナートの問いに、俺は答えなかった。ロイナートは俺の沈黙を凝視した後、話を続けた。
「それを授与されてるのは、僅かな人間だけだ。九賢候の一部と、軍の総司令であるダガン・ロギアル総司令官。――そして、私だ」
ロイナートはそう言うと、上着の内側をめくって見せた。そこに確かに、三尖の炎の紋章があった。
「君のような他国人が何故、紋章をいただけたのか理解に苦しむ。――しかし王子のその判断を、間違いだとは思わない。王子はお若いが賢明な方だ。考えがおありになっての事だろう。それをいただくからには、それだけの信頼を王家から得たという事だ。君が特別捜査官に任命されたという事において、それを自覚してもらいたい」
軍の総司令に、王都警護の総隊長。それに政府機関である九賢候でも一部の者――つまり国の中枢だけが、この紋章を授与されてる。
これは俺が考えてた以上に、大変な代物だ。警護隊の総隊長は、言ってみれば警視庁長官のようなものだ。それと同格の扱いを受けたという事は相当の信頼と期待を受けたという事だ。
「…充分に理解した。あんたが特別だという事もな。逆にあんたに訊きたいが――リュートは監視されていたのか?」
国家機密になるほどの存在を、こいつが放っておくはずがない。いわば配下の『シャドウレス』は、公安警察のような存在であるはずだ。黙っているロイナートに、俺はさらに問うた。
「リュートは国外に行かなかったのではなく、行けなかった。……いや、あんたが監視下においたのだろう?」
「その質問に答える義務はない」
ロイナートは冷厳な表情で言った。俺は言い返してやった。
「否定しないのが答えだな。そっちの話はそれで終わりか?」
「もう一つ。君は……リュート・ライアンから剣を譲り受けたそうだな? 見せてもらいたい」
何か――ロイナートの表情に、影のようなものが差している。
俺は、腰の鞘からアースティアを抜いて見せた。
「これだ。アースティア…と名があるらしい」
ロイナートは、静かに剣を見つめていた。が、不意に口を開いた。
「君がその剣に相応しい人物か――見させてもらう」
突然、気配が消えた。と、次の瞬間には抜刀したロイナートが俺に斬りかかっていた。
金属のぶつかり合う音が鳴り響く。
「む――」
俺はロイナートの剣を、アースティアで受けていた。
剣を抜いていなかったら、間に合わない程の斬撃だった。ロイナートはすぐに追撃を加えてくる。俺は間合いを切って斬撃を躱す。しかし狭い室内では、後退には限界がある。しかもロイナートの斬撃速度が異常に速い。それは上級剣士を斬り殺した鍛冶屋のテオの比ではなかった。
「くっ」
俺は発力歩法を使い、瞬時に僅かな動きだけで廻り込み、ロイナートの動きに対応する。さらに俺の加える斬撃を、ロイナートは自らの剣で防いでいた。
強い。この男の剣技は、これまで見た誰よりも強い。
俺は剣に真解衝気を込めた。普通であれば、防いだ剣を弾き飛ばすほどの威力があるはずだ。
「ムッ」
しかしロイナートは俺の剣撃を受けきる。逆に、ロイナートの剣撃に重さが加わった。
俺は発力歩法の気力を増す。速さを売り物にしていた班長、ビットルでも見切れない程の速さのはずだ。しかしロイナートは、なんなくそれを見切って、俺に攻撃を仕掛けてくる。
いや、俺の方が押されている。ここまで全力で移動と攻撃の双方に気力を使う戦いをしたのは初めてだ。
俺の限界の速度と威力。しかしロイナートには、まだ余裕がある。嵐のような剣撃を繰り出しながら、ロイナートは表情一つ変えてはいない。
「そこまでか、キィ・ディモン!」
ロイナートがそう口にして、剣を閃かせた。
俺は瞬時に、アースティアの青刃の側の十手状の鉤で、ロイナートの剣を捕らえた。
一瞬だが、ロイナートの顔に逡巡が走る。
俺は剣をひねり、ロイナートの剣を鉤で絡めとるのを試みる。が、ロイナートはそれを悟り剣を引く。この一瞬しか、狙う機会はない。
「――キィに何してんだよ!」
その時、突然開いたドアからニャコが現れ、猫型のニャコのファントムがロイナートに襲い掛かった。




