4 兎耳少年と戦ったら
俺は足から気力を発して移動した。
蹴り足が空を切り、俺は兎耳の横を取る。兎耳の顔色が変わり、上半身をひねりながら、バックブローを放ってきた。俺はそれを発力の歩法で躱す。
「ふむ……」
コツを掴めれば、瞬時にコンパクトな動きをできるようになる。この素早い動きの兎耳少年は、またとない訓練相手だ。
「いいじゃん」
兎耳は軽く微笑むと、スッと右足を持ち上げた。と、思った瞬間、それは突きのように連続でつま先から蹴込んでくる。三撃まで躱したところで、俺は蹴りの軌道を見切って敢えて入りこみ、背後まで回り込んだ。この背中を打てば、ケリがつかないこともない。が、兎耳が後ろ廻し蹴りを放ってくる。俺は間合いをとった。
「おいおい、逃げてばかりじゃ勝負になんないぜ」
「そうだな」
兎耳の言葉に応えておく。今度は衝気を使ってみようと考えた。
左廻し蹴りが飛んできたのを、左手刀で防御する。際に、衝気を放つ。
「くっ」
足に衝撃がいったのだろう、兎耳が歯を喰いしばる。しかし兎耳も足に気力を乗せてるから、互いの気力で相殺されてるらしい。俺は兎耳の連続蹴りに、全て手刀で衝気を合わせて迎撃した。
「……この野郎、そういうつもりかよ」
兎耳は、スーっと息を吸い込むと、思い切り吐きながら吠えた。
「ハァァァ――」
兎耳の全身が、うっすらと白く光る。気力が外に光るほどに高められているのが、俺にも感じられる。兎耳が動いた。
右蹴り、左蹴り、後ろ回し蹴り、その凄まじい速さの連撃を、俺は衝気で迎え撃つ。と、兎耳は急に体を沈めて足を刈る旋回蹴りをはなつ。俺は蹴り足を止めるように、足から衝気を放つ。弾かれるように、兎耳が距離を取った。
「これでもダメかよ。…じゃあ、とっときのいくかな」
兎耳は不敵な笑みを浮かべた。
身体を深く沈め、曲げた右足と右手を前に出す。顔を上げた。
これは――相当の一撃がくる。
「班長! そこまでやっては――」
班員らしい奴から声があがる。兎耳は笑みを浮かべて、こちらを見ている。その全身からは強い光が放たれていた。
「こいつは、これくらいやらねえとさ……」
兎耳がそう呟いた瞬間、その姿が流星のように突進してきた。
左で踏み込んで、右の横蹴りが飛んでくる。凄まじい速さと威力だ。これは並みの事では防げない。
俺は、あの波響石を砕いた真解衝気を使う事にした。
蹴り足に掌打を合わせる、と同時に、俺は真解衝気を使った。
互いの気力がぶつかり合い、その場を覆うほどの閃光が放たれる。
その光が止んだ時、兎耳は蹴り足を延ばした状態から、ゆっくりと倒れた。
「ビットル班長!」
周りから声が上がる。倒れた兎耳――ビットルは、手を上にあげると、ひらひらと振って見せた。
「あ~あ、くそ、やられちまったぜ。おーい、セイン、頼むぜ」
兎耳がそう言うと、三班の班長らしい場所にいた細身の美女が歩み寄った。緑がかった長い髪は、腰まで伸びている。
「ふふ……珍しく、本気を出しましたね」
セインと呼ばれた美女はそう微笑んだ。と、その顔が――急に凛々しい、男前のものになる。
「な……」
俺は思わず声を洩らした。明らかに、今、女から男に変わった。
セインはしゃがむと、ビットルに治癒術を施し始める。治癒術を受けるビットルが軽口をたたく。
「なあセイン、治癒術の時に女で、戦う時に男にしてくれよ」
「そうもいかないんですよ」
声まで低くなったセインは、微笑しながらそう答えた。
と、ビットルの身体が跳ね上がり、宙を舞って地面に降り立つ。
「よし、元気回復! ありがとう、セイン」
「いえ、どういたしまして」
セインは男前から美女に戻りながら、そう答えた。ビットルが俺に歩み寄っってくる。
「俺は四班班長のビットル・トンパー。見ての通りの有尾族。キィ・ディモン、やるじゃないか。警護隊へ、ようこそ」
笑いながら差し出された手を、俺は握り返した。有尾族? しっぽあったか――とその手を引いて、ビットルは肩を組んでくる。
「オレのメテオ・クラッシュを受けきったのは、お前で二人目だよ」
「……一人目は?」
そう問いながらこっそり後ろを見ると、ちっちゃい兎のしっぽがあった。俺の問いに、ビットルが答える。
「決まってるじゃん、ヴォルガ隊長だよ」
遠くで笑みを浮かべてる狼を、俺はなるほどと思って見た。
今なら判るが、ヴォルガは俺のレベルに合わせていたのだ。




