2 師匠から剣を譲り受けたら
「大地の涙……」
剣は鞘に収まっているが、柄が変わった形をしている。片側だけ先端に向けた伸びた鉤がついているのだ。
「抜いてごらん」
言われるがままに、俺は剣を抜いた。
「これは……」
俺は剣を立ててみて驚いた。刀身が、左右で色が違う。鉄色なのは間違いないが、僅かに右は青く、左は赤味を帯びていた。そして鉤は、青の側についている。これは見たことのある形――そう、日本で使われてた十手に近い。
「青い側は刃引きの側だ、物は斬れない。赤の側は切れる――そういう構造になっている。どう使うかは……君次第だ」
俺は剣を鞘に納めて、頭を下げた。
「ありがとうございます、リュート先生」
「そして、君に一つ頼みがある。聴いてもらえるかな」
「なんですか?」
顔を上げた俺に、リュートは微笑んだ。
「ロックを引き取ってもらえないか。君になら、懐くと思う」
そう言ってリュートは足元のロックを見下ろした。ロックはリュートの足に前足をかけて寂しそうに鳴いた。
「くうん」
「大丈夫だよ、ロック。彼はいい人物だ。彼を信用して……助けてやってくれないか?」
「わふ」
――握り拳。「判った、ってことか」
「そしてその本……」
俺は本の方を取り上げた。
「君には無斬流の立ち合い術を教える時間はなかった。その本は、君がそれを教わる人物を見つけたら、渡してほしい」
俺が教わる人に、本を渡す? 不思議な言付けだ。
「俺が直接、本から学んだ方が早いのでは?」
リュートは、ふっと微笑を洩らした。
「その本に詳細は書いて無くて、判る者にしか判らない事が書いてある。今、君がそれを呼んでも意味は判らない。だから君が教わるべき人物に渡すんだ」
「そうですか……判りました」
「うん。……これで心残りも無くなった――」
リュートはそう笑顔で呟くと、眼を閉じた。
「先生!」
まだ呼吸はしていたが、リュートはそれ以降、目覚めることはなかった。俺とニャコ、シイファはその場にとどまって先生の様子をみていたが、五時間後に静かに息を引き取った。
*
「くうん」
墓石を前に、ロックが寂しそうに鳴いた。そのロックを、黒い喪服姿のニャコが抱きかかえる。
「ロックも寂しいよね……。ね、うちに帰ろうか」
「くうん」
少し甘えたような声だ。俺じゃなくて、ニャコに随分懐いている。ロックはそのまま一緒に教会で暮らすことになった。
「本当は――国葬でもいいような立場なんだが……。密葬にしてくれと、前から言われていてな。カマール王には耳に入るようにしておくが」
ヴォルガはそう口を開いた。それに黒いベールのついた帽子を被ったシイファが続ける。
「とは言っても、王様もずっとお加減が悪いから……」
「病気なのか?」
「ここ三年くらい、ずっとね……。国王代理として国務は第一王子のクリスタ王子が果たしてるけど、第二王子のアラン王子、第三皇子のレムルス王子も補佐にあたってる。国策を決定する九賢候会議は、三人の王子と九賢候で進行してるわ」
なるほど――実は政情不安を抱えていそうな体制だな。特に深入りしようとは思わんが。ふと俺は、視界の隅に光が見えた気がした。
しかし木立が並ぶだけで、誰の気配もない。気のせいだった。
葬儀を終えて帰路につく途中、不意にヴォルガが言った。
「それはそうとキィ、そろそろ隊に正式入隊してもいいんじゃないか? リュートから剣を継承したなら、実力は充分ってことだろ」
「そうだな、そろそろ頼む。しかし少し話しておかなければいけない事がある」
俺はそう前置きして、レムルス王子から特別捜査官に任命されたことを、三尖の炎の紋章を見せて話した。ヴォルガは驚いていたが、俺に言った。
「それじゃ、警護隊に入る必要はないんじゃないか?」
「いや、特別捜査官の立場はなるべく伏せておきたい。やはり警護隊に入れてほしいと思ってる。ただ、少し自由に動ける立場がいいから、誰かの下にきっちりつくのではなく、見習いとか雑用とか――そういう感じがいいのだが」




