3 自分のふがいなさに声を荒げたら
「だが、シイファが止めなければ、あんたは殺されていた」
それは止めた。だが、千載一遇のチャンスで、俺は夜の烏を逃がしてしまった。
「き、貴様! それでオレに恩を売ったつもりか!」
「別にそんな事はどうでもいい。あんたのところの冷徹隊長に報告しておけ。夜の烏は、まだ犯行を止める気はない、と」
ぐ……と、息が詰まったような顔をすると、リックは逃げるように走り去っていった。
「――キィ、大丈夫?」
離れて待機していたシイファが、駆け寄りながら声をあげた。後ろからニャコもやってくる。
「俺は大丈夫だ。それに、シイファのおかげでリックも無事だ。…が、夜の烏に逃げられた」
俺はニャコを見た。ニャコがバツの悪そうな声を出す。
「ごめん……見失っちゃって――」
「せめて、どの方向に逃げたかだけでも判らなかったのか?」
俺がそう言うと、ニャコは俯いた。
「ごめん……思ってたより、ずっと速くて――けど、とりあえず今回は撃退したんだし」
引きつった笑いを浮かべたニャコに、俺は思わず声をあげた。
「犯人に逃げられたんだぞ! 笑って済むか!」
俺の声に驚いたニャコが、眼を開いて俺を見つめる。
「ここで逃げた犯人は、次にまた誰かを殺す。俺たちのミスが、誰かの命に直結するんだ。遊びじゃないんだぞ!」
思わず出た声に、ニャコが大きく眼を見開いた。その眼に、涙が滲みだす。
「ご…ごめん……」
ニャコはうつむくと、そのまま踵を返して駆けだした。
「ちょっと、ニャコ!」
シイファが走り去るニャコに声を上げる。だがニャコは、振り向かずに夜の街へ消えていった。
「キィ!」
振り返ったシイファが、怒った顔で俺を睨んでいる。
「言い過ぎじゃないの? 大体、犯人に逃げられたのは、キィだって同じでしょ!」
……確かに、そうだ。
「どんな風に思ってるのか知らないけれど、あんな言い方するんだったら、もうキィに協力できないよ! ……ニャコは、便利な道具じゃないんだよ?」
シイファはそう俺に言い捨てると、独り歩き去っていった。
*
一人、夜の街に残された俺に、シイファの言葉が突き刺さった。
“ニャコは、便利な道具じゃないんだよ”
ふと俺は、あの冷徹隊長の言い草を想い出した。
“期待外れだったな”
そうか……
俺のとった態度は、ニャコを便利な道具のように扱おうとした、あのヒュリアルと同じだったか。
「馬鹿だな……俺は」
俺の口から、思わず呟きが洩れた。
*
教会に戻った俺は、ニャコの部屋のドアをノックした。
返事はない。俺はそのまま、扉の外で、中に話しかけた。
「俺だ、キィだ。……さっきは、すまなかった。言い過ぎた……。俺は犯人を取り逃がした自分のふがいなさを――お前にぶつけただけだった」
反応はない。だが、部屋にいる気配は感じる。俺はそのまま言葉を出し続けた。
「どこかで…ニャコやシイファに甘える気持ちがあったんだ。お前たちの能力の高さに、頼る気持ちがあった。俺はこのノワルドに来てから、全く力を失った自分に……悔しい気持ちがあった。それでも二人の力を借りれば――犯罪者を捕らえることができるかもしれない。この事件捜査をロクにしない世界で、犯罪を止める事が出来ることができるかもしれない。……そんな事をぼんやりと思っていたんだ」
俺は刑事だ……。それだけが、俺の誇りで、俺の頼るべき指針だった。力のない俺は、犯人を自力で捕らえることができてない。それは刑事として充分とは言えない。
「だが現実に、犯人に逃げられて…自分の現実を思い知った。俺は無力で――ちっぽけな半人前の刑事なんだ。それが判った怒りを、ニャコにぶつけただけだった。すまなかった……」
俺は――本当に、小さな人間だ。つくづく、そう思う。俺は息を大きく吸った。
「俺はここから出ていく。本当に悪かったな――。それと、もっと早くに言うべきだったが――俺を転生させてくれて、此処に住まわせてくれて……ありがとう。本当に世話になったと思う。シイファにも本当に世話になった。短かったけど――二人と暮らした時間は、楽しかったよ。……じゃあな」
俺はそれだけ言うと、踵を返した。




