2 闇斬りが姿を見せたら
「今度はこのラインから、一歩で打つんだ」
そう言ってリュートが引いた線は、10mは石から離れている。
「此処から?」
「そう。これは――答えは見せない。自分で工夫してごらん」
リュートはそう言うと、微笑した。
「ところで、そちらのお嬢さんは?」
「あ、特級巫女のニャコ・ミリアムです」
ニャコが頭を下げる。一応、礼儀は知ってたんだな。
「そう。随分と、ロックが懐いたようだ。珍しいことだけどね」
リュートはそう相好を崩すと、そのまま立ち去っていった。
残された俺は、引かれた線に立って波響石を見つめた。
10m――俺はその距離を見て、途方にくれる。無論、普通に一歩踏み出したところで、岩に届くわけがない。
「鉄塊の重さで、身体ごと移動する――という事だろうか?」
そういえば、自分で廻したハンマーの勢いで、空を飛ぶヒーローがいたな。あの感じかもしれない。
俺はそう思い、鉄塊を振り上げると、それを遠くに飛ばすように振って自分も勢いよく跳んだ。が、結果は少し跳んだだけだった。
「そう、漫画のようにはいかないか」
俺はその後も試行錯誤しながら鉄塊を振る。しばらくすると、ニャコの声がした。
「――ねえ、キィ、ニャコお腹空いたよ~」
俺は我に返った。気づくと、もう夕方だ。俺はかなりの時間、鉄塊を振ってたらしい。
「悪いな、ニャコ。夢中になってた。事件の事もあるし、帰ろうか」
「うん。じゃあね、ロック」
――尾手を開いて振る。「バイバイ、と」
「戻ったら、シイファも含めて、この闇斬りの対策を練ろう。ニャコにも頼みたいことがある」
「うん! 任せといて!」
ニャコはそう言って笑った。
*
リック・メルヒャは充分に警戒しながら、夜の街を歩いていた。歩き方にも隙が無い。剣士の審査官というのも頷ける。
俺はそのリックをかなり遠くから尾行していた。リックは俺の尾行に気付いた様子はない。そして、俺の事をニャコが離れた場所から遠視で見ている。
リックはわざわざ、人気のない通りを歩いていた。腕に自信があるのだろう、闇斬りを誘っている。その誘いに乗ったのか――
突如、路地から影が飛び出した。閃光が煌めく。刀を抜いている。
リックは剣を抜いて、その影の初太刀を受けた。
キン、と闇夜に剣のぶつかり合う音が響いた。
「シイファ、後方だ!」
俺は飛び出して、声を上げた。
飛び出してきた俺に驚いたリックが、俺に眼を向ける。その背後の空中で――鎌の刃のような形状の武器が止まっていた。ただし、鉄の色ではなく、刀身が黒く塗られている。俺はニャコとともに待機しているシイファに、力場魔法をかけるように指示したのだ。
「チッ」
リックが斬り止めた奴――『夜の烏』が、舌打ちをした。リックが斬り止めた奴は、黒くて羽のようになったマントをなびかせ、顔には烏のくちばしが突き出たような面をかぶっている。 その眼は赤く光っていた。
飛び出た俺は警棒を抜いて打ちかかる。が、夜の烏はマントを翻すと、一気に走り出した。
俺は追いかける。が、夜の烏は異常に速い速度で走り去る。俺は追いすがったが、角を曲がった先で夜の烏を見失った。
「ニャコ、奴はどっちだ!」
「…ごめん、早すぎて見失っちゃった……」
俺は思わず舌打ちした。口惜しさに唇を噛みながら、リックの処に戻る。リックが声をあげた。
「お前、キィ・ディモン! 何故、ここに?」
「次に狙われる可能性が高いのは、あんただったからな。ここ数日、後をつけていた」
俺の言葉にリックが驚きの表情を見せる。俺の尾行に、まったく気づいてなかったようだ。が、しかしそれを隠すように、リックはごまかし笑いを浮かべた。
「フッ、まあしかし夜の烏の襲撃も退けた。これで奴も、自分では歯が立たない相手がいることを知ったろう」
俺はリックを睨んだ。
「な、なんだ?」
俺は歩いてリックの傍を通り過ぎると、地面に落ちている刃物を拾った。それは極めて薄い、三日月形の刃物であり、全体が黒く塗られていた。
「剣を受けた時、背後からこれが迫っているのに気づいてなかっただろう? シイファが力場魔法で止めなかったら、あんたはザラス同様、首を斬られて致命傷を負っていた」
三日月刃を突き出して見せると、リックは驚きに眼を剥いた。
「そ……そんなのは剣技じゃない!」




