第六話 刑事が剣士に目覚めたら 1 課題を解決したら
俺の後をちょこちょことついてきたニャコが、少し離れてから俺に訊いた。
「ねえ、キィ、何か判ったってホント?」
「ああ。多分、あの冷徹くんは見逃してるがな」
俺は軽く答える。
「え? 何が判ったの?」
「ザラスを切った凶器は二種類だ」
ニャコが驚きの顔を見せた。
「傷の太さが違う。袈裟に斬ったのは、普通の剣くらいの太さだが、首を切ったのはもっと薄い――極めて薄い刃物だ」
「えぇ! そんな事判るの?」
「ああ。しかも首の傷は、前から斬られたものじゃない。首の真ん中程から刃は侵入し、そこから僅かに下がりながら外側に抜けている。前から斬られたなら、むしろ内側に抜ける」
「じゃあ、後ろから斬られたの?」
俺は、首を傾げるニャコに答えた。
「いや、それも考えにくい。右利きの者なら、後ろから斬った場合、右側から斬りつけ左に抜けるだろう。だが被害者の傷は、左側についている。左利きの者が斬りつけたとしても、身体の前側に向けて下がっていくことはない」
「じゃあ、どういう事?」
「考えやすいのは、左横から斬りつけた、という形だ。これなら首の真後ろから入りこんで、下がりながら外側に抜ける切り口になる。しかし……」
「何か、ヘン?」
「上級剣士ともあろう者が、不意打ちとはいえ横から来た奴に、むざむざと斬られるだろうか……?」
俺は独りごとを言いながら、少し考えてみる。
「複数犯の仕業で、右側に注意を引く奴と、左から斬った奴がいる――というのはどうだ? しかし目撃証言では、こいつは単独犯だ。しかし単独犯の場合、首を薄い凶器で襲った後に、剣で袈裟斬りにしたという事になる」
ニャコが首を傾げる。
「けど、致命傷は首の傷なんでしょ? なんでわざわざ剣に持ち替えたの?」
「非常にいい読みだ、ニャコ。つまり犯人は、どうしても剣で相手を斬ったように見せたかった。凄腕の剣士だという賛辞を欲してる奴だ。相手のレベルを上げているのも頷ける」
名前を上げるのなら犯行は単独犯によるものだ。という事は…
「ところで、キィ、何処へ向かってるの? 捜査しないの?」
「リュート先生の処へ寄っていく」
俺はそう答えた。
*
リュートの住居近くに来ると、例によってロックがやってくる。
「あ、犬だ! かわいー」
「わふ」
ロックの奴は、可愛らしさをアピールして尾手を振っている。……随分、態度が違うじゃないか。
ニャコが抱き上げると、ほっぺをペロペロと舐めた。俺にそんな事したことないだろ。この犬ころめ、相手を選んでやがる。
俺はロックとじゃれるニャコを放って、裏庭へ廻った。鉄塊をとって、波響石の前に立つ。
「ハッ!」
俺は気合を発して、鉄塊を振りあげた。重い。俺は不意に、警察学校時代に、教官から言われたことを思い出した。
「刀はそれ自体が重いから、特に力を入れなくても、その重さで斬れる」
そう言ったはずだ。
ただ教官の教えるポイントは、俺たちが使う警棒は刀のような重さがないから、手首にスナップをきかせて相手を打たないと、威力が出ない、という話だった。俺はその後半だけ集中して、前半の話を忘れていたのだ。
考えてみればこのノワルドは、俺のいた世界より、時代劇の世界に近い。つまり刀をリアルに扱う世界だ。リュートの教えは剣を使ってこそ、最大に生きる技のはずだ。
鉄塊の重さに振られるのを任せ、気力をそこに預ける。ガモフたちを打った時より、はるかに大きく気力が注ぎ込まれる。
鉄塊が波響石に当たった時、カアアアンと澄んだ音が鳴り響いた。
やはりそうだ。俺は無理に力を使って、振ろうとしていたのだ。俺は鉄塊を片手で持った。気力で支えてはいるが、筋力はほぼ使わない。俺は片手で立て続けに波響石を打った。波響石が鳴り響く。
あれほど重いと感じた鉄塊を、自在に振れる。その感触に、俺は夢中になって波響石を打っていた。
「――どうやら習得したようだね」
不意に背後から声がして、俺は振り返った。リュートが静かな微笑を浮かべて立っている。俺は頷いた。
「それじゃあ、次の課題をあげよう」
なに? 次があるのか。




