5 思わず魔法が使えたら
「火球!」
俺は右拳を突き出した。と、その瞬間、右拳から何かが発射される。それは大きな火の玉だった。
「こいつ! 火球を――」
マルコが驚嘆をあげる。火球は直径1mくらいはあり、ハンドボールくらいの大きさのマルコの電撃弾を呑み込んだ。
「ま、待っ――」
マルコが言い終わらぬうちに火球がマルコに直撃し爆発する。煙のたなびく中から、煤だらけになったマルコが口から煙を吹いた。
「キュウ――」
白目になったマルコが倒れる。途端に、俺の身体にぐっと疲労が出た。魔法を使った反動らしい。
「……嘘でしょ…。ただの火球で、あんな大きさになるなんて……」
シイファが身体を起こしながら、呆然と呟く。その傍に、ニャコが駆け寄った。
「シイちゃん、大丈夫?」
「あたしは大丈夫。あんたこそ、大丈夫?」
「にゃんとかね!」
ニャコが両手でグーを作った。だがシイファは、俺の方をじっと凝視している。俺はその目線に応えてやった。
「どうやら、俺には魔法が使えたようだな」
「……とてつもない魔力よ。そんな人、見た事ない」
「その子が俺を転生させたのも見た事なかったんだろ? 世の中は自分の常識より、ずっと驚くべきことが起こるというだけの事さ」
シイファは俺の言葉を聞くと、驚いた後でムッとして俺を睨みつけた。やれやれ、怒らせるつもりはなかったんだが。若い娘は感情的で、扱いが難しい。
「――マルコ、しっかりしてくれよ!」
「キュウ」
どうやらマルコの方は、見た目より元気そうだ。とりあえず安心した。俺は目線を戻して、シイファとニャコに言った。
「これから、どうするつもりだ?」
「とりあえず、此処から脱出する。今、あたしたちは捕まるわけにはいかない」
「……俺も行く、という前提か?」
「警護隊と戦ったのよ、そのままでいられないでしょ」
「ま、それもそうだな」
どうせ行くアテもないし、何より俺には事情がまだ全く分かっていない。彼女らが神父長殺しとやらに本当に関わったのか? それは俺が元の世界で死んだことと関係のある事件なのか?
訊きたい事は、山ほどある。
二人で支え合って歩き出した娘たちは、鏡の前へ来ると立ち止まった。ニャコがポケットからゴルフボールのようなものを取り出す。それを鏡に向けてボタンを押すと、ボールから光が発射された。と、突然、鏡が無くなる。
「――何をした?」
「え? 収納珠にしまっただけだよ」
ニャコは小さい方の鏡も収納してしまう。どうやら魔法の道具らしい。便利なものがあるものだ、旅行はさぞかしラクだろう。
「そういえば、さっきお前も杖を突然、出してたな?」
俺はシイファに言った。シイファは怪訝な顔をこちらに向ける。
「イヤリングにしてるこの収納珠に、杖はしまってるから、それを出したのよ。リワルドにはない物なの?」
「そんな便利なものはないな」
その便利さがあるのに、捜査や取り調べが雑とは。アンバランスな世界だ。
「じゃあ、行きましょう」
俺は頷いた。二人が歩きだそうとすると、トッポが声をあげる。
「おい、待てお前ら! 逃げるな!」
「犯人じゃないって言ってるじゃん!」
ニャコが怒鳴り返す。その時、気にせずに歩こうとしていたシイファが、足を止めた。
「あ――」
聖堂の中に入ってきた者がいる。その姿を見て、トッポが声をあげた。
「ヴォルガ隊長!」
「お前たち、やられたのか?」
そいつは倒れた二人を見て声をあげた。その姿に、俺は密かに息を呑んだ。トッポたちに似た鎧を着けてるが、明らかに格上の装備。体格はがっしりとしており、厚い胸板と太い腕が装備からはみ出している。歩き方も腰の据わった足取りで、そいつが強者なのは一目瞭然だった。しかしそれ以上に驚く事がある。
その頭部は、狼の顔をしていた。
「狼が喋っている……」
思わず声が洩れた。俺の呟きを聴くと、ヴォルガ隊長と呼ばれた狼は、苦笑してみせた。




