9 巫女の助手になったら
緩いブラウンの髪に、遠目からでも判る秀麗な顔立ち。遺体や連れて来た男とは若干、隊服が異なってることから推察すると、この男が三番隊の隊長なのだろう。
三番隊隊長は、俺たちの姿に、冷たい視線をよこした。
「巫女のニャコ・ミリアムか?」
「そうですけど」
「警護隊三番隊隊長のヒュリアル・クレイザーだ。――後ろの男は何だ?」
「巫女の助手だよ」
俺の答えに、ヒュリアルと名乗った三番隊隊長は、冷たい目線を向けた。
「助手? ……そうか、貴様がヴォルガのところに出入りしているという他国人か?」
「知っているなら話が早い。キィ・ディモンだ」
「何をしにきた?」
顔が整っている分、冷たい表情が本当に冷徹に見える。俺は拒絶を現すその顔に、答えてやった。
「冒険者たちから、事件の解決を頼まれてるんでね。新しい事件の様子を探りに来たのさ」
「その必要はない。お帰りいただこう」
ヒュリアルが冷徹な口調でそう言った。まったく、譲歩する気がないのが、嫌でも判る。仕方がない。
「ヒュリアル・クレイザー、あんたにだけ話したい事がある」
「なんだ?」
俺は背を向けて、ニャコとリックから離れた場所へと歩いた。不承の体で歩いてきたヒュリアルに振り返る。
「なんだ、話とは?」
俺はコートの右の内ポケットから、手帳を取り出した。それを縦に開いて見せる。
「そ――それは……」
さすがにこの冷静男にも、驚きの表情が浮かんだ。
俺が見せたのは、三尖の炎。王家に準じる紋章だ。
「俺はレムルス王子から特別捜査官に任命されている。正体は内密だが、非協力的な者は報告するようにと言われている」
ヒュリアルは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに元の冷徹な表情を取り戻した。
「判った、捜査には協力しよう」
「よろしく頼む」
俺は頷くと、ヒュリアルと一緒にニャコたちの処へと戻った。ヒュリアルがニャコに言った。
「巫女に来てもらったのは、昇天の儀を施してもらうためだ。遺体は向うの部屋にある」
ヒュリアルがそう言うと、リックが先導して隣室へと移動した。高台に遺体が寝かされている。
「我が隊のザラス・ゴルチックだ。それでは頼む」
ヒュリアルの合図で、ニャコは前に出ると、眼を閉じた。
ニャコの身体がぼんやりと白くなる。と、その光が遺体に発せられ、遺体が白くぼんやりと光り出す。やがて、その遺体からふわりと霊体が浮かび上がってきた。
霊体は立った状態で、辺りを見回している。ヒュリアルは口を開いた。
「ザラス、無念だったろう。犯人に心当たりはないか?」
名前を呼ばれた霊体は驚いた顔でヒュリアルを見たが、黙って首を振った。
「何か手がかりになる事はないか?」
ヒュリアルの言葉に、ザラスはぼんやりとした表情を浮かべるばかりだ。
「あんまり地上にとどめておけません。昇天させますよ」
ニャコが声をあげる。ヒュリアルは、黙って頷いた。
「ザラス! お前の仇はきっととってやるからな!」
リックが声をあげるが、ザラスはぼんやりとした表情のままだった。やがてその霊体は強い光に包まれ、そして消えていった。
「昇天の儀、終わりました」
「……何も話せなかったようだが?」
ヒュリアルは不機嫌な顔で、ニャコに言った。
「よほどの強い念があったりしないと、霊体になった時に話すことはないです。ザラスさんは、自分が死んだことも、まだよく判ってなかったように見えました」
「少しは手掛かりが得られるかと思ったが――期待はずれだったな」
ヒュリアルのその物言いに、俺は苛立ちを感じた。
「おい、わざわざ呼び立てておいて、その言い方はなんだ」
「キィ、ちょっと――」
後ろからニャコが俺の袖を引くが、俺はヒュリアルを睨みつけた。だがヒュリアルは動じた様子もなく、逆に冷徹な眼を俺に向ける。
「言っておくが――」
ヒュリアルはその眼のまま口を開いた。
「君が何を捜査しようと自由だが、こちらの邪魔だけはしないでもらいたい。この犯人は、我々が捕らえる」




