6 全部見られちゃったら
「そんな! 犯人を捕まえてくれたし、助けてくれたじゃないですか。感謝してます」
頭を下げた俺に、困ったようにキャシーが言う。と、キャシーは不意に顔を赤らめた。
「あの時……わたし、全部見られちゃいましたよね?」
お盆で少し顔を隠しながら、キャシーは言った。
「あ、いや不可抗力だし、そんなに見てないから」
「あの時……服をかけてもらって――」
赤くなるキャシーは、お盆の陰からこちらを見ている。と、不意に背後から野太い声がした。
「――おい、なんか聞き捨てならねえ話だな」
隣まで来た奴は、絵に描いたような巨漢だった。頭は丸坊主で黒い口髭をはやしている。それに俺のテーブルを囲むように、数人の男が近づいてきた。
「お前、何者だ? キャシーちゃんに、何の用だ?」
「俺は刑事だ。別にこの娘に用事があって来たわけじゃない。飯を食いに来ただけだ」
「え~、違うんですかあ」
キャシーが声をあげる。おい、話をややこしくするな。
「お前、見かけない顔だな?」
「こいつ、キャシーちゃんになんて言い草だ」
なんか頬のこけた眼の細い奴もからんでくる。その他数人が俺のテーブルを取り囲んでいた。
「怪しいぞ、この男」
背の小さい出っ歯の男が俺の肩を掴む。
「……放せ」
「おい! キャシーちゃんの全部を見たって、どういう事だ!」
口髭巨漢が、顔を赤くして怒鳴った。
「別に、見たくて見たんじゃない」
俺の言葉を聞くと、口髭の顔に憤怒の炎がついた。
「てめぇ、ふざけるな!」
俺の顔にパンチが飛んでくる。俺は前腕で受流すと、席を立った。と、後ろにいた出っ歯が、肩を引っ張って殴って来る。
「こいつを喰らえ!」
俺は前腕ではたくと、逆にパンチをお見舞いした。
「や、やりやがったな!」
「たたんじまえ!」
そこからは乱闘だ。最初のうちはパンチやキックをかわして反撃していたが、やがて一人の奴に後ろからタックルを決められ、動けないところに髭のパンチをもらった。そうして動きを止めると、左右から俺の腕を掴まれ、腰にも俺を動きを止める奴もいて、俺はほとんど身動きが取れなくなった。
「この野郎、思い知れ!」
髭が殴って来る。パンチの威力自体は、ヴォルガの打撃に慣れた俺には、気力でカバーできるくらいの威力ではあった。しかし、そう何発も思い切り殴られるのはたまったものではない。
「みんな、やめて!」
キャシーが悲鳴を上げてるが、髭にやめる様子はない。
俺は殴られながら、自分の非力さを感じた。
こんな半端連中を相手にして制圧することもできない。こんな戦闘力で、俺は刑事だと言えるのか? 結局、今までの犯人逮捕は、ニャコやシイファの戦闘力に頼ってきた。こんなに弱くては、俺は刑事とは言えない。
“自分の弱さを知りなさい”
不意にリュートの言葉が、俺の中で甦って来た。弱さなら十分に知ってるし、噛みしめてる。これ以
上、何をしろってんだ?
「――なんだこいつ、力が無くなりましたよ」
俺の右腕を抑えてる出っ歯が、笑いながら言った。
力が無くなった? そうだ、リュートも力を捨てろと言ってなかったか? そしたら、どうするんだっけ?
“重さだよ”
……重さ? そうだ、もう俺の腕自体がだるくて重い。しかもこいつらが両手を掴んでるから、こいつらの重さも加わってる。腰にもしがみついてる奴がいて、身体も重い。
不意に俺は、リュートが最初に見せた衝気を想い出した。
俺の胸に木剣をあてて、何も振らずに俺を吹っ飛ばした技。つまり、動きはないが、重さを俺に当ててた――という事か?
俺は、右腕の出っ歯を見た。肘から曲げた俺の腕を抱きかかえるように掴んでいる。俺は掌の向きを変えて、出っ歯の顔面に掌を当てた。
「な、なんだ?」
つまり、動きはなくとも、あの重い鉄塊を振ってる感触を、こいつに伝える。俺は息を吸いこむと、爆発呼吸とともに気力を自分の腕の先に落とし込んだ。
「ぶわぁっ!」
出っ歯が吹っ飛んで、後ろのテーブルにぶつかった。
「な、何かしやがった、こいつ!」
俺は左腕を掴んでる太っちょを見る。




