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5 聖人剣士のことを知ったら

「大変な英雄じゃないか。……しかし待てよ、そんな英雄があんなところで、何故ポツンと暮らしてるんだ?」


 俺の問いに、シイファが少し難しい顔になった。


「リュート・ライアンは独立後、カマール王と仲違いを起こしたの」

「仲違い? 何があったんだ?」


「カマール王は独立後、戦争相手だったルワイス皇国や、独立後に傀儡政権を作ろうとして統治官を送り込んできたガロリア帝国に協力しようとした一部の貴族を断罪した。リュート・ライアンはそれらの貴族を国外退去にすることを懇願したけど、カマール王は聞き入れず、子供も含めた一族を全員斬首の刑にしたの。リュート・ライアンはそれで全ての任官を辞して、何処へかと去った……。それがあたしの知ってる歴史。まさか国内にいるなんて、思いもしなかったわ」


「……ヴォルガはしかし、リュートが国内にいることを知ってた。が、十年会わなかったわけか」


 俺はここでふと思った。なんかヴォルガにタメ口をきいてるが、ヴォルガって意外と歳なんじゃ? なんか狼の顔だから判らないが。


「……なんか、悲しい話だね」


 ふとニャコが、そう洩らした。


「だって、きっとみんなで一緒に頑張って独立を勝ち取ったんだよね? それなのに、その後に仲違いしちゃうなんてさ……。きっとそのリュートって人も、寂しい想いをしたんじゃないかなあ」


 ニャコはしみじみとそう言った。俺はふと、ロックの事を思い出した。寂しさを紛らせるために、あの生意気な犬ころがいたのかもしれない。


「けどさ、そんな凄い人に習ってるなんて、凄いね!」

「いや、全然、先生の課題ができない。まったく先へ進めてない」


 その『衝気』という技が、無斬流の核なのだろう。しかし人を殺さない技かーー。できるなら、刑事の俺にはうってつけの技だ。


「あ……、今日はあたし夕飯いらないから。ちょっと家へ帰るから」


 不意にシイファがそう言うと、想い出したようにニャコも口を開いた。


「あ、そうだ! ニャコも夕飯いらないんだった。教会連盟の会議で晩さん会あるんだ」

「そうか……じゃあ、俺は何処かで食べて帰るかな」


「そういえば昨日、キャシーさんが訪ねて来たよ」

「誰だ、キャシーって?」

「花屋のダグ事件の時、助けてあげた子。料理屋の子だったみたいで、『今度いらしてください』って言ってた」


 ニャコはそういうと、メモを出した。店の名前が『キャロライン』で、簡単な地図が書いてるある。


「なるほど、今夜にでも顔を出してみよう」


 俺は一日、岩打ちをやった後、実際に訪ねてみた。


   *


「いらっしゃいませ~。あ!」


 店に入ると、給仕をしていた娘が声をあげた。あの時の娘だ。この子がキャシーなのだろう。あの時はあまりちゃんと見なかったが、栗色の髪で大きな眼をした可愛い娘だ。


「キィ・ディモンさん! 来てくれたんですね、ありがとうございます」


 キャシーが頭を下げる。


「どうも。夕飯にいただきに来たんだが」

「ありがとうございます! 座ってください」


 店はそれなりの広さがあって、幾つかある丸テーブルを色んな奴らが囲んでいる。俺はそのうちの空いてる席に案内された。


「今日はごちそうさせてください! なんでも言ってくださいね」

「いや、お代はちゃんと払うよ。そうだな……」


 ふと見ると、ほとんどのテーブルにジョッキが置いてある。


「あれはビールか?」

「はい」

「この国では、何歳から飲酒が許されてる?」

「え? 特に決まってませんけど?」


 じゃあ、生まれて数日の俺も大丈夫だな。


「じゃあ、ビールと肉料理を適当に持ってきてくれ」

「はい、かしこまりました!」


 キャシーは素敵な笑顔を見せると、引っ込んでいった。

 助けてよかった。一つ間違えば、あの子もチェリーナやアビーのようになっていたのだ。そう思うと、俺が刑事をやる意義がある。

 すぐにビールが運ばれてくる。キャシーは笑顔で言った。


「ねえ、本当にお礼させてください、ディモンさん」

「いや、礼を言われる立場じゃないんだ。俺は君を囮にしたも同然で、君を危険な目に合わせた。むしろ、すまなかった」


 俺は頭を下げた。緊急時で奴の居場所を知るためとはいえ、この娘がさらわれるのを見ていたのだ。民間人を危険にさらした。


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