4 当気剣を使えたら
俺は両手で鉄塊を持ち、リュートのやったように一歩踏み込んで、巨岩を打った。ゴン、と鈍い音がして跳ね返され、その重さに振り回され俺は尻もちをつく。
「うん、今のは打っただけだね。だからそこに気力を込める」
俺は気力で全身を満たした後、しばらく鉄塊を振り回して岩を打った。しかし全然、いい音は鳴らないし、重すぎて息が切れる。だが俺はそれでも、夢中になって打ち続けた。
何故だ? 気力は込めてるはずなのに――
やがてリュートが口を開いた。
「一つだけアドバイスをあげよう。自分の弱さを知りなさい」
「俺が……弱い?」
俺の心臓が、どくんと鼓動をあげた。だが、その驚きを必死で抑えこむ。知ってか知らずか、リュートは俺に微笑んだ。
「どういう理由でかは知らないが、君はまだ身体もできてないのに、筋力がある人の身体の使い方をしようとしてる。そういう人を見本にしたのか、そういう訓練を受けてきたのか……。君は大した力もないのに、力に頼ろうとしている」
俺が受けてきたのは警察学校の訓練だ。今の俺は非力な頃に戻っている。けど、俺は鍛え上げた頃の動き方をしてるのか。
「仮に君が身体ができて筋力がついても、力で打っているうちは気力は浸透しない。力を手放しなさい」
「力を手放したら……どうやって威力を出すんですか?」
「重さだよ。君が振ってるのは、重い物だ。その重さに、気力を預けるようにする――それが第一歩だよ」
リュートはそう言うと、踵を返した。
「音が鳴るようになったら、呼びなさい。何日かかっても無理かもしれないけどね」
リュートはそう言うと、ロックを抱いて歩き去った。
*
サイコロ状にした厚切りハムとポテトの炒め物。さらにウインナー焼きと目玉焼きを作って、バターを塗ったバケットを頬張る。俺の食べっぷりに、ニャコとシイファが眼を見張っていた。
「……キィ、凄い食べるね。しかも不機嫌な顔で」
「どうしたの、最近? 凄く疲れて帰ってきたと思ったら、朝食は物凄く食べるし」
ニャコとシイファが訊いてくる。一日目はクタクタになって帰ったが、ひどかったのは翌日だった。とにかく、全身のダメージがひどくて、身体を起こすのがやっとだった。それを無理やり起こして朝食を食べ、再び岩打ちに挑戦したが結果は出ず。それを三日間繰り返した。不機嫌なのは、そのせいだ。
昼飯も食べずに岩打ちするので異常に腹が減る。となると、朝食をしこたま食べてから行く作戦になり、俺はやたらと喰ってるのだった。俺は二人に言った。
「なんか判らんが、異常に腹が減るんだ。向うでは昼も食わないし、朝食っとかないとな」
「ヴォルガの特訓って、そんなにキツいの?」
ニャコの問いに、俺はコーンスープを飲みながら答えた。
「ヴォルガじゃない。リュートっていう人のところで、武器術を教わってるんだが、実は当気剣自体はできるようになったんだ。ニャコ、ちょっとつまんでみろ」
俺はそう言って、気力で包んだフォークをニャコに向ける。ニャコは恐る恐る、その先端を指でつまむ。
「きゃお!」
途端に指が弾かれて、ニャコは声をあげた。
「なに? なんかバスンて来たんだけど」
「それが当気。武器を気力で包む技だ。まあ、当気剣自体は難しくないとは、先生も言ってたが……」
「――ちょっと待って!」
突然、シイファが声をあげる。なにか、凄い顔になっている。
「まさか、リュートって…リュート・ライアン?」
「いや……リュートとしか知らないが。ああ、無斬流とか言ってたな、そういえば」
「やっぱり、リュート・ライアンじゃない!」
シイファが血相を変えて声を上げた。
「有名人なのか? そう言えば、独立戦争時の英雄とか言ってたな」
「英雄中の英雄よ! 五十回以上の戦いで独立軍を勝利に導き、200回の一騎打ちにおいて無敗。1対150人の戦いでも勝利を収めた伝説の人よ」
「……凄いんだな」
俺の慨嘆に、シイファは首を振った。
「いいえ、本当に凄いのは戦績じゃないの。リュート・ライアンはその戦いにおいて、自身は一人の敵も殺してない。それが本当に凄いことなのよ」
さすがに俺は絶句した。そんな事が……可能なのか?
「リュート・ライアンは敵を斬らない。それが彼の使う剣術、無斬流。リュート・ライアンは全ての敵を、『衝気』と呼ばれる特殊な技で倒していた。けど、敵を絶命させないってことは、相手が復活して再び戦うリスクがある。けどそれをおいても敵を斬らなかった――その事から彼についた通り名が『聖人剣士』。リュートは今現在、北域最強の剣士、『皇帝の黒剣』ジュール・ノウと互角に戦った唯一の剣士と言われている。そしてラウニードが独立できたのは、リュートの力に負うところが大きいと言われているわ」




