3 魔犬に手加減されてたら
俺は剣を下げた。こうしていれば、少なくとも足を狙われる率が低くなる。そして狙ってくるのは――
「上半身!」
地面を蹴る音がして、気配を感じた瞬間、俺は姿勢を低くて大振りに剣を振り回した。
「きゃん!」
あてずっぽうだが当たった。ロックが地面に転がる。
「――そこまで!」
リュートが声をあげた。
「きゅ~ん」
ロックが剣を持って、トボトボとリュートの元へ歩いていく。リュートはロックの手から剣を受け取ると、しゃがんでロックの頭を撫でてやった。
「よしよし、よく頑張ったね。全力だったら、最初の一撃で、お前の勝ちだ」
「きゅ~ん」
鳴きながら振り返り、眼の下を人差し指で下げて舌を出す。
「べー――って、可愛くない奴だな、おい」
「まあ、いいかな。下級剣士ではロックの相手は務まらないからね。しかし、戦闘術は身に着けているのに、武器に気力を通すことができないんだね? どういう事なんだい?」
「俺の国では、気力を使う習慣がなかったんです」
俺はとりあえず、そう答えておいた。リュートはフム、と言って剣を持つと、俺の傍へやってきた。
「ロックはそれを察して当気剣を使わなかった。手加減されたことは判ったかい?」
犬に手加減されていた? ……そうだったのか? ロックを見る。
――親指で自分を指し、手と頭を下げる。「俺に、感謝しろ」
なんて奴だ、この犬ころめ。
ともかく、俺はリュートに訊ねた。
「当気剣というのは、どういうものですか?」
フム、と言ってリュートは俺の胸に、軽く木剣を乗せた。
次の瞬間、俺は全身に衝撃を受けて後方へ吹っ飛んだ。地面を転がった後に、立ち上がろうとするがすぐには動けない。全身にダメージを受けた感じだった。
「これが当気剣。気力で武器を包み、当てた相手に気力を通す。斬ったり、ぶったりするより効果的なのさ」
リュートはそう言うと、地面の俺に微笑んで見せた。
俺は這いつくばった状態で、驚くしかなかった。リュートは木剣を振りかぶったり、力を込めたりは一切していない。にも関わらず、俺の身体に衝撃が走り、俺は吹っ飛ばされたのだ。
しかも全身にダメージがある。そんな俺に構わぬ様子で、リュートは言葉を続けた。
「それから剣士同士の模擬仕合も、当気剣で行うのが一般的だね。衝撃のダメージは大きいけど、即死したりしなから」
「これは……どうしたら、マスターできますか?」
俺はダメージが残る身体を奮い立たせながら、訊ねた。
「当気剣自体は下級剣士でもできる、それほど難しい技じゃない。けど、君に教えるのは当気剣を極める剣術――無斬流剣術だよ」
リュートは微笑みのままだ。段々、この微笑が恐くなってきた。だが――面白い。俺は頭を下げた。
「お願いします、リュート先生」
リュートは軽く微笑むと、手を振って俺を招いた。後をついて行くと、裏庭の方に廻る。
そこには、高さ4m、幅3mはあろうかという巨大な岩があった。リュートはそれに拳を当てる。ゴツゴツ、と鈍い音がする。
「これはねえ、波響石という非常に硬度の高い岩なんだ。こんな風に殴っても、音はしない。けどね――」
掌を当てる。と――キーン、という鋭い澄んだ音が急に響き渡った。
「こんな風に気力を通すと、共鳴して音を出すんだ。君はこの岩をこれで打って」
いつの間にか、ロックが尾手に大きな物を持って引きずってきている。それは、イメージ的にはトゲのない鬼のこん棒だが、全体は鉄でできていた。むしろ鉄塊というべきか。
渡された鉄塊を持つと、予想以上に重い。
「うぉっと」
ぐっ沈むのをこらえる。いや――恐らくだが50kg以上ある。
「それをこの線から、一歩踏み込んで打つんだ。一度だけ、見せてあげよう」
リュートはそう言うと、俺の手から鉄塊をなんなく片手で取ると、地面に引いた線の後ろへ下がった。
鉄塊を右手で持ち、左前になって後ろに構える。そこから一歩踏み出すと同時に、頭上へ大きく鉄塊を廻して、波響石へ打ち込んだ。
カアアアアン、と高音が綺麗に響き渡る。
「やってごらん。両手で構わないから」




