8 令嬢魔導士を怒らせたら
シイファが一歩前に出て、魔法杖を前に出す。その瞬間、四本の鎖が襲い掛かった。シイファの手前で、それが停まる。
「魔動障壁」
シイファを包むように、丸いドーム型のエネルギー障壁ができている。蛇鎖はそれを食い破れない。が、蛇のファントムが巨大な尻尾を叩きつける攻撃をしてきた。それを障壁が受ける。が、耐えられそうもない。
「危ない!」
俺はシイファの身体を抱えながら、横に跳んだ。魔動障壁が破壊され、ファントムの尻尾が床をぶち抜く。転がった俺たちに、鎖が襲い掛かって来た。
「フリーズ・バレット!」
俺は拳銃を構えて二本の蛇鎖を空中で凍結させる。もう二本は、シイファが氷結させた。さらに三又のファントムが大口を開けて襲い掛かる。
「ハッ!」
俺は気力を込めた回し蹴りで、その鎌首を刈り取った。蹴られた蛇の頭が、消えていく。シイファが傍で微笑んだ。
「キィ、やるようになったわね」
「ヴォルガのおかげでな。――シイファ、ファントムは俺が気力で倒す。その方が相性がいい」
「いいえ」
俺の提案に対し、シイファは立ち上がりながら拒否した。
「その必要はないわ。もう充分」
シイファは眼前の二人の少女を睨んだ。
「なにか、充分とか言ってるよ、ネイミー」
「そうね、エイミー、ちょっとムカついちゃったわ」
二人の少女メイドが、可愛い顔を醜く歪ませる。
「王子さまのお気に入りで、いつもムカついてたのよ!」
エイミーの鎖がシイファに襲い掛かった。
が、その瞬間、シイファが睨む。と、その鎖が空中で止まった。
「力場魔法で鎖を操る。……とても器用ね。けどそれは、そもそもの魔力が低いのを補うための戦術でしょう?」
「ウソ……エイミーの鎖が――力場で止められてる!」
「エイミーの鎖を放せっ!」
頭を回復させた蛇のファントムが、シイファに襲い掛かる。が、シイファは動じてない。
「霊力なら魔力を相性で上回れると思ってるのね? ……けど、絶対的な力の前では、相性なんて関係ないのよ」
シイファは、静かに敵を見つめた。
三又の大蛇ファントムが、シイファに襲い掛かる。だがシイファは顔色一つ変えずに、魔法杖を前に出した。
「爆炎破」
ファントムがシイファの頭を呑もうとした瞬間、凄まじい業火が発射される。それは一瞬にして大蛇のファントムを消し去り、使い手のネイミーに襲い掛かった。
「ウ…ソ――」
目を見開いたネイミーが炎に包まれ、爆発する。次の瞬間には床に転がっていた。エイミーが悲鳴をあげる。
「ネイミー!」
「あなたには魔力の違いを見せてあげるわ。電撃竜破!」
空中に稲妻の姿をした、竜が現れる。その巨大な竜がエイミーに襲いかかり、エイミーはその竜の咆哮に呑まれて床に転がった。
あまりの格の差に、俺は唖然とする他はなかった。
「シイファ…凄いんだな」
「屋内で威力を制限するのが大変だったわ。けど、最初の様子見をしすぎて障壁を壊されたのは危なかった。ありがと、キィ」
シイファは何でもなかったように、可憐な微笑みを向けた。
……シイファは怒らせないようにしよう。と、俺は心の中で思った。俺はそこで気づいて、倒れてるエイミーに駆け寄る。その右腕を取った。何もない。逆の左腕をとると、内側に眼玉がある。
「凍結弾」
俺はその消えかかる眼玉を、拳銃で撃って凍結した。
「なに? どうしたの?」
寄ってきたシイファに、俺は凍結された眼玉を見せる。
「これが何か判るか?」
「げ! なにそれ? 眼玉?」
「恐らく、ネイミーにもあるはずだ」
俺はネイミーの右腕をとってみる。と、既に目玉が消えようとしていた。消えていく眼玉を見て、シイファが声をあげる。
「消えたわ! いったい何?」
「これと同じものが、花屋のダグにもあった。そして消えた」
俺とシイファは、しばし見つめ合った。シイファが、事の重大性に気付いて、真顔になっている。俺は口を開いた。
「恐らくだが……ダグもこの娘たちも、誰かに操られた――というか、潜在的な欲望を膨張させられた可能性がある」




