5 密室殺人について考えたら
俺はヴェルガノの首元を指さして、説明した。
「窒息の直接の原因になった絞め痕は、この線だ。しかしその周りに細かい傷がある」
「確かに…あるわ」
覗き込んだシイファがそう洩らした。
これは法医学でいう吉田線だ。が、そう言っても判るまい。
「これは絞められた時に、それを外そうとして自分の爪でできた傷だ。つまり抵抗の痕だ。これがあるか、ないかで首吊り自殺か、他殺の絞殺を見分ける事できる」
「そ…そんな事が……。しかし、ヴェルガノは警護役になるほどの使い手。簡単な方法でやられるはずはない。首を絞められたなら、当然、抵抗して迎撃できたはずだ」
素朴な驚きと、自説の弁護。犯人ならば他殺説に乗ってとぼけるか、もっと強弁をするだろう。こいつはシロと見ていい。
「それができなかった――理由があるはずだ。その理由と、ヴェルガノを殺した方法については、もう一度部屋に戻って考えるとして……一つはっきりした事がある」
「なんだ?」
メサキドに、俺は言ってやった。
「犯人の次の狙いは、王子の暗殺だ」
シイファとメサキドの顔に、驚愕の色が浮かぶ。
「ちょ――ちょっと! 大変な事じゃない!」
「そうだ。恐らく王子暗殺に、ヴェルガノが邪魔だったから先に殺したのだろう。事態は切迫している。メサキド、あんたにしか頼めないことがある」
「な、なんだ?」
驚きを抑えきれないメサキドに、俺は言った。
「ヴェルガノの死亡は、自殺だったと処理してくれ」
「なんだって?」
メサキドが眼を剥いた。
「き、貴様、今の今、ヴェルガノは他殺だと言ったではないか!」
「そうだ、他殺だ。だがそれを伏せて自殺にすることで、犯人をおびき出す。あんたは王子に極秘裏にその事を報告して、王子の寝室を極秘で替えてほしい。そして誰か王子の代わりを、今夜から王子の寝室で寝かせてほしい」
「な……なんて事を…」
困惑するメサキドに、俺はたたみかけた。
「これは多くの人間に知られると犯人に逃げられる。だから、この場に居合わせて事情を知ったあんたにしかできない事だ。そして警護役のアリアンは、通常通り王子の隣室に控えさせる。代わりに別の部屋で休む王子の警護には、あんたの部下を配置する。メサキド……あんたにしか、頼めないことだ」
「ボ、ボクにしか頼めないこと――」
その言葉に、メサキドは少し表情を変えた。
「いいだろう、君がそこまで言うなら乗ってやろうではないか。王子の身は、我々、第一警護隊が守る」
「ああ、よろしく頼む」
俺がそう言うと、メサキドは上機嫌な顔で、「では手配してくる」と言ってその場を去った。
シイファが俺を呆れたように見ている。
「キィって、案外、悪い人ね」
「別に、自分がいい人と言った覚えはないが?」
俺はそれだけ言っておくと、ヴェルガノの部屋へと戻った。
広い部屋の中央に立って、辺りを見回す。
「――ヴェルガノが殺されたのは判った。問題は、その方法だ」
俺はその時、ふと気づいた。
「考えてみると、この世界では密室殺人自体は簡単じゃないか。ドアなり鍵なりを壊して侵入した後、犯行を行って外に出てから修復魔法をかければいいんだ」
「けど、そんな風にドアを壊したりしたら、隣の王子にすぐに気づかれるわ。それに修復魔法自体もそんなに簡単な魔法じゃないのよ」
「そうなのか?」
俺はシイファに訊いた。
「時間軸を戻すのだから、理解すること自体が難しいの。まず上級魔導士でないと使えない魔法だけど、上級魔導士はこの国に20人くらいしかいないわ。その内の一人がヴェルガノだった。侵入できたとして、ヴェルガノをほとんど抵抗させずに殺すなんて不可能よ」
「なるほど……」
俺は薪ストーブに近寄った。ストーブの煙突は壁を伝い、壁の外へと抜けている。薪ストーブの扉を開けると、炭が残っていた。
「昨夜は使用したようだな」
「冷えたからね。みんな使ってたと思うわ」
「他の部屋にもあるのか?」
「王子の部屋と警護役二人の部屋、メイドたちの寝室や執務室にもあると思うわ」
俺は窓を開けると、外へ降り立った。外から薪ストーブの煙突の出口を見る。アルミの煙突口に微かに――引っ掻き傷がある。
「なるほど……」
俺はシイファに言った。
「一旦戻るぞ、シイファ」




