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4 特別捜査官に任命されたら

「――少し待ってもらいたい」


 その時、部屋に入って来る者が現れた。レムルス王子である。

 メサキドもシイファも、一斉に頭を下げた。王子は片手をあげてそれを控えさせると、言葉を続けた。


「余もヴェルガノの自殺には、納得できないものを感じている。できうる限り、調べてほしい」

「しかしレムルス王子……」


 メサキドが困惑の表情を浮かべると、王子は俺の方を向いた。


「キィ・ディモン。調べてくれるか?」

「はい。仰せのままに」


 俺は頭を下げて、胸に手をあてた。


「では、ディモン。これを」


 王子が促すと、背後にいた女性が出てくる。もう一人の警護役、アリアン・スレイだ。その手に、ハンカチの上に置かれた大き目の紋章を持っている。メサキドが声をあげた。


「そ、それは!」

「王家直属の紋章『三尖の炎』にございます」


 アリアンがそう説明した紋章は、三つの先端を持つ炎だった。王子が続けて俺に言う。


「キィ・ディモン。そなたを特別捜査官に任命する。そなたの捜査に協力せぬ者は、王家に対する叛意ありと見做すので、その時は報告をするように」

「……かしこまりました」


 俺は頭を下げたままそう答えた。

 なんと早く、そして因習にとらわれない判断だろう。この12、3歳くらいの子供は、既に大人の世界で自分が何をすべきか熟慮している。これが王家の人間か。

 レムルス王子はそのまま踵を返して立ち去るかに見えたが、不意に立ち止まって振り返った。


「時にリッケンバッハ」

「は、はい!」

「ヴォルガ隊長は父上と共に独立戦争に尽力した英雄。そして警護隊の隊長は父上が直接任じたものだ。――それを揶揄するということは、父上ならびに王家の采配に異議あるものと見做すが……それでよいか?」

「め、滅相もございません!」


 メサキドは狼狽を隠し切れず、裏返った声をあげた。


「我がリッケンバッハ家は、建国の九賢の一つ。王の意向に叛意などあろうはずもございません! どうか、お許しを!」


 そのまま床に這いつくばりかねない勢いのメサキドを、王子は笑っていさめた。


「そうか、ならばよい。リッケンバッハ、ディモンの調査に協力を頼む」

「ハーッ! 王子の御言葉、深く承知致しました!」


 レムルス王子は軽くシイファに向かって微笑むと、その場を去っていった。

 王子が姿を消すと、冷や汗をダラダラと流しながらメサキドが顔を上げる。


「な……なんという事だ…。王子が他国人に王家直属の紋章をお与えになるとは……」

「これ、そんなに凄いものなのか?」


 俺はこっそりシイファに訊ねた。シイファは苦笑気味に言う。


「そうねえ…王家の紋章は『四尖の炎』。それに準じる『三尖の炎』はかなり特別な立場でないといただけないわね」


 そんなものを貰ってよかったのか、俺は? しかしこれで捜査に必要な権限は入手できたわけだから、今後は事件捜査はラクになる。


「それじゃあ、ヴェルガノの遺体を見せてもらおうか」

「なに? 遺体だと――」


 不服そうな口をきこうとして、俺の立場を想い出したらしい。


「よろしい、今、遺体は別室にある。案内しよう」


 メサキドはそう言うと、先にたって歩き出した。俺たちはその後をついていく。

 ふと、俺はレスターが、シイファのことを『青の智賢』の令嬢だと言ったことを思い出した。

 ……しかしシイファは、ニャコと一緒に孤児院で育ったと言ってなかったか? それに確か、シイファの兄というカリガムが「下賤の血」とか言ってなかったか。

 複雑な事情がありそうだ。無理に知りたいとは思わないが。しかしどうやら『建国の九賢候』というのは、この国では大変な位置だというのは判った。


「此処だ」


 メサキドが一室に入っていく。そこにはシーツがかけられた寝台が置いてあった。メサキドがシーツを取る。中から、ヴェルガノの遺体が現れた。

 首吊りによる自殺。俺はヴェルガノの首を見た。


「……明らかな他殺だな」

「なにっ!」


 俺の言葉に、メサキドが色めき立った。


「な、何を根拠にそんな事を?」


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