第四話 令嬢魔導士が憤怒したら 1 狼隊長に特訓されたら
ヴォルガのボディパンチを喰らった俺は、その衝撃に呻き声を洩らした。
「ぐ……む…」
「お、受けきったな。どうだ?」
ヴォルガが笑みを浮かべる。どうだも何も、悶絶しそうだが。
「……ヴォルガ、何のつもりだ?」
「オレがこの前打ち込んだ威力と比べて、どうだって訊いてんだよ」
「……死にそうだが、吹っ飛ばずに堪えた」
ヴォルガはにやりと笑った。
「つまり、そういう事よ! 気力を身体に充実させておくと、ダメージに対して耐性ができる。それが大事なとこよ」
「――そうかよ!」
俺は得意げなヴォルガの腹に、パンチをぶち込んでやった。ヴォルガが驚きの顔とともに、身体を折る。が、すぐに何でもなかったような顔をして、引きつった笑みを浮かべてみせた。
「…おお、いいじゃねえか。気力のこもったパンチだ。この前には、全くなかった威力だぜ。やっぱり、こうでなくっちゃな。おい、レスター、もういいぜ。後はオレの実戦トレーニングでいく」
「はいはい。怪我したら呼んでください」
レスターは呆れ顔で言うと、去っていく。残った俺たちは、互いを睨みあった。
「いいか、キィ。気力を常に充実させながら戦う。…という方法を覚えるには、無手格闘が一番の早道だ。オレの相手をする覚悟があるか?」
「覚悟も何も――お前、最初からそのつもりだろ!」
俺は挨拶代わりに、奴の顔にパンチを繰り出した。が、それが上段受けで受けられた瞬間、俺の腹に重い衝撃が響いた。
「ぐ――うっ」
重い。今度は堪えきれずに、後ろを向いて吐く。とんでもないダメージだ。息が出来なくて、俺は腹を抑えた。
「だからな、攻撃する時に防御がお留守になるのが、一番の弱点だ。無手格闘は、それを補う一番の方法なのさ。――どうだ、判ったか?」
振り返ると、勝ち誇った顔でヴォルガが腰に手を当てている。この野郎。俺にだって、徒手格闘してきた経験がある。
「……なるほどね、ようく判ったよ。――それじゃあ、本番と行こうじゃあないか」
「いい覚悟だ」
俺の強がりに、ヴォルガが笑う。俺も思わず笑みを洩らすと、奴に向かって突進した。
*
「ねえ、どうしたのキィ? すっごい疲れてる感じだけど」
俺の作ったビーフシチューを頬張りながら、ニャコが訊いた。今日はもう、体力がなくて一品しか作る気力がなかったのだ。
「…ヴォルガのところに行って、気力を使えるようにしてもらった後、格闘戦のトレーニングをした」
「え? あの狼と戦ったの?」
シイファが顔をしかめる。俺は頷く。結果は散々だった。
警察の逮捕術の徒手格闘では防具を着け、剣道のように一本を競い合う。ボクシングのような蓄積ダメージで勝利を競うようなものではない。ヴォルガとの格闘戦も一本で終わるような事はなく、倒れるまで延々と戦い続けるものだった。
とにかく、奴の打撃のダメージが重たく、クリーンヒットはこちらが多いとしても、奴の方がダメージに対する耐性も高い。次第に体力不足と蓄積ダメージに追われて、最後の方はもうサンドバック寸前だった。
その滅茶苦茶に打たれて青痣だらけの俺を治したのが、レスターだ。レスターは手をかざすと、俺の負傷を治した。怪我するまで戦い、怪我したら治す。それが奴らのやり方らしかった。
「……そう言えば、ニャコに治された時は体力も回復した感じだったが、レスターには怪我は治されたが体力回復はしていない気がする。これはどうしてだ?」
「ああ、それは身体回復と、治癒術の違いね」
ビーフシチューをパンにつけながら、シイファがこともなげに答えた。俺はシイファに訊ねる。
「それはどう違うんだ?」
「治癒術は、身体回復と霊体回復の双方を兼ね揃えたもの。気力だけでは身体回復にとどまるし、霊力だけでは霊体――つまり体力しか回復できない。身体を治して体力も回復する治癒術は、気力と霊力双方が必要なのよ」
「――という事はニャコ、お前、気力も使えるのか?」
「まあねー、なにせニャコは、特級巫女だから! と言っても、治癒術に使う気力技しかできないけど」
……だったら、最初からニャコに充気相伝してもらえば、俺は気力が使えるようになったんじゃないのか?
「そうだ、キィ、治癒術してあげようか?」
「いや、いい。恐らく治癒術を受けない方が、筋力がアップする」
筋肉は酷使すると破壊され、それを回復する時にたんぱく質をとって休養をとることで、超回復して元以上の筋肉になる。身体が17歳に戻った俺は、体格を成長させる事も重要な課題だ。恐らく体力を回復させてしまう治癒術は、超回復を阻害するに違いない。




