10 眼鏡くんに教わったら
警護隊詰所に着いた俺は、ダラダラとお喋りしていたトッポとマルコを見つけて声をかけた。
「よう。暇そうだな」
「あ~、お前はキィ・ディモン!」
「お、おれっちたちに何の用だ!」
マルコが身構えるのを無視して、俺は訊いた。
「ヴォルガに会いに来たんだ。何処にいる?」
「――来たのか、キィ」
答えを待つ間もなく、奥の方からヴォルガが現れた。ヴォルガは手を振ってトッポとマルコを追い払うと、俺に椅子に座るように促した。
「聞いたぜ、なんでも教会に引っ越し準備してるらしいな。この街に落ち着くことに決めたのか?」
「そうだな、そうしようと思っている」
「それで――オレの話には、どう答える?」
ヴォルガが微笑を浮かべる。
「あんたの世話になろうと思ってる。それで今日、此処に来たんだ。ただ問題があってだな、入隊する前にあんたに頼みたいことがある」
「入隊には何の問題もないと思うが……なんだ?」
「今の俺では戦力不足だ――あんたに、気力の使い方を教わりたい」
俺の真面目な頼みに、ヴォルガは一瞬呆気に取られていたが、やがて口を開いた。
「ああ~、そりゃオレには無理だな。――おい、レスター!」
ヴォルガは奥の方へ大声を出した。その声に応えて、一人の男が出てくる。
眼鏡をかけたインテリ風の外見で、まだ若い青年だ。
「なんですか、ヴォルガ隊長」
「こいつに充気相伝して、気力の使い方の基礎を教えてやってくれ」
レスターと呼ばれた青年は、俺をうろんな目で見る。
「誰ですか、この人は?」
「キィ・ディモン。神父長殺しの犯人と、五人の連続殺人犯を逮捕した男だよ」
「この人が……?」
レスターが驚きの目を向ける。
「というわけだ。キィ、後はこいつに習ってくれ。いい感じになったら、オレもいく」
ヴォルガはそれだけ言うと、手を挙げて外へ出ていった。
「仕方ありませんね。じゃあ、外へ出てください」
俺はそういうレスターの後について、詰所の中庭へと出た。
改めて中庭で向かい合うと、レスターは口を開いた。
「自分はレスター・クロード。王都警護隊第五番隊、ヴォルガ隊の副隊長です」
「キィ・ディモン――俺は刑事だ」
聞き慣れない言葉にレスターは一瞬、怪訝な顔をしたが、敢えてそこは追求せずに話を進めた。
「まず、腹式呼吸をしてください。息を吸った時に腹を膨らませ、息を吐くときに腹を凹ませる。――そう。そして次は吐くときに腹を凹ませず、敢えて臍下の部分に力を込めて膨らみを維持して」
俺は言われた通り、腹に力を込めて呼吸をした。これは逆腹式呼吸というもので、力を入れるのは丹田だ。と、その時、レスターが俺の腹に掌を近づけると、いきなり俺を打った。
「むっ――」
打たれた部分から熱が体内に伝わる。
「自分からの気力の流れを感じて、それを全身の隅々までいきわたらせるんです。呼吸に注意して」
レスターの言葉に俺は頷いて、呼吸によって気力の熱を感じ取った。足、足の指先、脳天、手の指先まで、気力が全身を包む。
「――いいでしょう」
レスターが俺の腹から掌を離す。
「これで充気相伝は完了しました。次は自分の呼吸で、さっきの気力を再現してください」
俺は言われた通りに、呼吸を高めて気力を上げる。
「うん、できてますね。それを維持して、突きや蹴りを出してみて」
俺は言われた通り、気力を維持したまま、しばらく突きや蹴りを出してみた。今までのものより、力が乗ってるのが判る。
「うん、いいんじゃないですか? 基礎はできてるようですし」
俺は呼吸を鎮めて、レスターに訊いた。
「大体判った。しかし、ヴォルガが直接教えなかったのは何故なんだ?」
「自分たちは充気相伝されないと気力を使えるようになりませんが、ヴォルガ隊長は魔人なので生まれつき気力が使えるんです」
「そういうものなのか」
「――どうやら準備はいいようだな」
そこにふらりとヴォルガが現れた。にやにや笑みを浮かべている。
「じゃあ、次は実践練習だ。キィ、気力を全身に込めてみろ」
俺は言われた通り、呼吸で気力を全身に満たした。と、突然、ヴォルガが俺の腹にパンチをぶち込む。
「う……」
その全身にいきわたる衝撃に、俺は息を呑んだ。




