9 異世界の服に着替えたら
「そう、だから最近まで独立戦争をしてたわ。ラウニードが独立したのが降天歴995年。独立戦争が始まったのは985年頃からだけど、それは980年に三大大国が争った30年戦争が終わってからなの。30年戦争では魔動工学が発達して、武器を含め様々なものが開発された。あたしたちが使う収納珠や冷蔵庫なんかも、戦争の際に生み出された魔動工学の産物ってわけ」
戦争の影響で技術が発達する。歴史の中で、ある話だ。
「実はそういう魔動工学の発達には、転生者――特にリワルドからの転生者の知識に負うところが大きいと言われてるの。それで、帝国をはじめ、リワルドから召喚したり転生させる方法が研究された。――転生者であると知られることは、どういう勢力に利用されるか判らないし、ニャコが一人で転生させたことが判ったら、ニャコも狙われるかもしれない」
「え~っ! ニャコも危ないの?」
自覚がなかったのか、こいつ。
「そうよ。だからニャコも自慢げに吹聴したりしちゃダメ。南域の異能を持つ一族のことは文献で読んだから、嘘ではない。だからキィもそれで通して」
「判った。しかし、シイファは物知りだな」
俺がそう言うと、シイファはテレたように視線を避けた。
「一応、上級魔導士ですから――で、キィは一緒に買い物にいきましょう」
「え、買い物? いくいく!」
「あんたじゃないの! キィのそのままの格好だと、明らかに違和感があるから、この国風の服に変えましょ。それに――これから色々もの入りだろうし」
シイファはそう言うと、軽く微笑んだ。
*
訪れたのは、ココの店だった。
「あらぁ、キィさんたち! このたびは本当にお世話になりました」
店の主人のココが、深々と頭を下げる。シイファがそこで、俺を指しながら口を開いた。
「この人にラウニード風の服を見繕ってほしいの。それから、あたしも買い物させてもらうわ」
「ねえねえ、ニャコも買ってい?」
「もう、仕方ないわね。――それじゃ、よろしく」
シイファとニャコはそう言うと、自分たちの服を見に行く。残された俺は、女主人から何着か服を出されて、ノワルド風の衣装を選んだ。厚手の生地にゆったりとした服を選ぶと、その上から黒のコートを羽織った。これなら内側にホルダーを着けても目立たないだろう。服を選び終わると、シイファがやってきて、収納珠から金貨を出してココに支払いをした。その後に、収納珠ごと俺に差し出す。
「当座必要だろうから、持っといて」
「いいのか?」
「もちろんよ」
シイファは軽く微笑んだ。
それから俺たちは、シイファに連れられるままに街を歩いた。さすがに俺の姿も、街に溶け込んでる感じがした。
「此処はラウニードの首都、ファーテップ。もうすぐ海が見えてくるわ」
大きな川沿いを歩いていくと、海が見える場所に来る。白いカモメが優雅に空を舞っていた。海風が、二人の髪をなびかせる。
「二人には色々世話になるな」
「いいのよ。転生させた責任もあるし、助けてもらった恩も、事件を解決してもらったお礼も……みんな含めてだから」
シイファがそう静かに微笑むと、ニャコが口を開いた。
「けどなんか、みんなで一緒に住むってドキドキするね。楽しくなりそう!」
「俺はともかく、シイファは家に戻らなくていいのか?」
俺がそう訊くと、シイファは軽く口にした。
「いいのよ。ちょうど家を出たいって思ってたところだったから」
それから俺たちは街を歩き、シイファの家具を買ったり、店で食事したりした。
*
ニャコとシイファが並びの部屋を使い、俺がその向かいの部屋を使うことになった。その後、二、三日は部屋の掃除や家具の取り揃えなどに費やされた。
「――さて、今日は仕事の日だからもう行くわ」
朝食後にシイファがそう言ったので、俺は訊ねた。
「シイファは何の仕事をしてるんだ?」
「へへー、シィちゃんはねえ、王子様の教育係なんだよ」
ニャコが代わりに、何故か自慢げに答える。王子というと、あの神父長殺しの時にいたレムルス王子か。
「王子の教育係とは……凄いんだな、シイファ」
「レムルス王子は第三王子で、あたしは上級魔導士として魔法を教えてるの。年齢が近い方が気安いだろうっていう判断らしいわ」
シイファはそう苦笑気味に言うと、家を出ていった。
しばらくした後、俺はニャコに言った。
「俺は、ヴォルガのところに行ってくる」
「うん。じゃあ、頑張ってね!」




