8 朝御飯を一緒に食べたら
「いただきまあす!」
シイファが取り分けたスープを、ニャコが口にする。
「美味しい!」
「ほんと……美味しいわ。キィって、料理できるのね」
「キャンプ料理だけだから、作れるものは限られるがな」
俺もバゲットを口にした。考えてみると、転生してから一日半、何も口にしていなかった。腹も減るわけだ。
ニャコが料理を頬張りながら、俺に向かって言った。
「キィ、うちに一緒に住もうよ! そしたら毎日ご馳走だ!」
「毎日、俺が料理するのか? ……まあ、構わんが。どうせ、行くアテもないしな」
「ちょっと、ニャコ! それって二人で暮らすってこと――」
言いながらシイファは顔を赤らめる。ニャコが横目で、俺を見ながら悪戯っぽく口にした。
「キィ、ニャコが魅力的だからって――ヘンな気起こしちゃダメだからね」
……何を言い出すんだ、こいつ。
「俺はガキには興味がない」
「ちょっと! ガキってなんだよ! これでもシイちゃんより、おっぱいあるんだからね!」
「なあんで、あたしのおっぱいの話になるのよ! あたし関係ないでしょ!」
どうも、言い方が悪かったらしい。言い直すか。
「……同意なしに性行することは、不同意性行罪になる。つまり犯罪だ。俺は刑事だ――罪は犯さない」
俺はきっちりキメたつもりだったが、二人は抽象画を見るような目つきで俺を見ていた。と、シイファがため息をついて、口を開く。
「しょうがないな、あたしも此処で一緒に過ごすわ」
「え、シイちゃん、うちに来るの? やったあ、一緒に寝ようね!」
「やだ。あんた寝相悪いんだから」
「え~、いいじゃあん、一緒に寝ようよお」
二人はキャッキャッとじゃれ合い、俺はそれを見ていた。
…こんな賑やかな食卓風景は、いつ以来だろう。
多分、17歳のあの事件の時までだ。ふと、俺は思い出した。
〈あなたの望む、あなたの姿で〉
転生のあの時、ニャコは確かそう言った。
俺は無意識のうちに、まだ家族の姿が残っていたあの頃に自分を戻したのだろうか。俺は賑やかな二人の姿をぼんやりと見た。
まあ、こういうのも悪くない。
俺はこのノワルドで、新しく生きて行かなければいけないのだ。
*
少し落ち着いたところで、俺はニャコに訊いた。
「コーヒー豆っぽいのがあったが、あれはコーヒーか?」
「そうだよ」
ニャコが鶏肉にかぶりつきながら答える。俺は席を立って、ミルで豆を挽いた。ゴリゴリとする豆の感触を味わう。電動ミルはラクだが、俺はキャンプでは自分で豆を挽くのが好きだ。
三人分のコーヒーを淹れ、食後のコーヒーを呑む。三人同時に、ほぅ、とため息を洩らした。
「凄い……なんか、自分の家の食材とは思えない」
「コーヒーなんか、誰が淹れたって同じだろ」
「豆挽くのが大変だから、ほとんど淹れてませんでした」
てへ、とニャコが頭に手を当てる。そうなのか、仕方のない奴だ。
「――今後の事なんだが」
コーヒーを呑んで皆が落ち着いたところで、俺は口を開いた。
「実は、ヴォルガに警護隊に入らないかと誘われた」
「え、そうなの? 凄い!」
「俺もこの世界に転生してしまった以上、この世界で生きていかなきゃいけないだろう。この世界での仕事としては、警護隊に入るのがよさそうだと思っている」
俺の言葉にシイファも頷いた。
「そうね、それがいいと思うわ。ただし、キィが転生者だってのは、秘密にした方がいいと思う」
「それはどうしてなんだ? 俺の事も南域の出身と言っていたな」
「転生者は、戦争に利用されてきた経緯があるから」
シイファは少し難しい顔をしてそう言った。
「忙しくて聴いてる暇がなかったが、改めてこの世界の事を聴く必要がありそうだな」
食卓を片付けると、シイファがテーブルの上に地図を広げた。
大きな大陸の上に、左右二つの丸型の大陸。まるで、左右の眼の下に、大口を開けたように見える地図だった。
「この大きな大陸がクマース大陸。三大大国と呼ばれてるのは、西側のガロリア帝国、東側のアルサマード共和国、そして南方のザッカル連邦。そしてこの国――ラウニードがあるのは、ここ」
シイファは大陸の前歯あたりの箇所を指さした。東西の大国に挟まれた小さな国だ。
「ラウニードはまだ建国して20年の若い国なの」
「20年……ごく最近だな」




