7 巫女の髪が爆発したら
「おはよう。と言っても、もう昼すぎだけどね。疲れはとれた?」
「ああ。ゆっくりさせてもらった。――ニャコは?」
「まだ寝てる」
と、シイファが言ってる傍から、奥の部屋が開いてニャコが出てきた。
「おはよ…ございばす……」
まだ眠そうなのはいいが、凄い頭だ。ピンクの髪が爆発している。イカレたパンクロッカーみたいだった。
「ニャコ、凄い髪だよ」
シイファが笑い転げる。
「ふぇ? あ、あぁ! ほんとだ。ふえええ」
ニャコは奥へ駆け込むと、姿を消した。水音がする。どうやら水道はあるらしい。
「これで、どうだ!」
水洗いしたらしい髪を垂らして、ニャコが出てくる。
「シイちゃん、乾かして」
「あいよ」
ニャコが隣に座ると、シイファは手をかざした。その手から温風が出てくる。ドライヤーか。ニャコは気持ちよさそうな顔をしていたが――この感じ、どこかで見たことある気がする。あれだ、シャンプーされた後の犬猫の感じだ。
「お腹が空いた! ニャコ、何かつくるね!」
髪を乾かし終わると、ニャコは鼻息を荒くして立ち上がった。隣室のキッチンの方に向かう。俺はその後について様子を見た。
ニャコはキッチンにある鉄製の箱の扉を開いた。中から肉を取り出す。俺は少なからず驚いた。
「冷蔵庫がある! 電気が通ってるのか?」
「ううん。電力じゃないよ。冷蔵魔法をつかってるの。魔力はこれで供給してる」
シイファが冷蔵庫の横から、単一乾電池二本分くらいの長さの筒を取り出した。透明で、中には半分くらい液体が入っている。
「魔動筒。中は魔動鉱の融液が入っていて、一度魔力の刺激を受けると、揮発しながら微弱な魔力を発揮するの。これで、冷蔵魔法を使ってる。ま、冷蔵庫も魔動筒も高価なんで一般の家庭ではあまり見れないと思うけど」
「ニャコは特級巫女だからね! 料理もまかしといて!」
ニャコは肉を包丁で切りながら、振り返った。俺はシイファとリビングに戻りながら、さらに訊いた。
「動力があると言う事は、あれで動く乗り物なんかもあるのか? 馬車を使ってたが」
「あるわよ、魔動乗機と呼ばれてるけど、やっぱり高価なんであまり見ないわね。何にしろ、魔動筒の魔力は微弱なものだから、そんな多くの事ができるわけじゃない――って、なんか焦げ臭くない?」
俺たちは慌ててキッチンに戻る。
「失敗したあ~」
既に肉は黒焦げで、見る影もない。
「あんたね、まだ魔動グリル使えてないじゃない!」
「だって買ったばっかだし。いいところ見せようと思ったのに~」
ベソをかくニャコにシイファが言った。
「大体、ニャコ普段料理してるの?」
「全然」
おい。俺は呆れてシイファを見た。シイファが焦ったような顔で首を振って両手を上げる。
「あ、あたしは自分で料理なんてしないから」
「……簡単なものでよければ、俺が作るが?」
「お願いしばす!」
ニャコが頭を下げて引いていく代わりに、俺がキッチンに入った。
ガスグリルのようだが、これも魔法なのだろう。スイッチをひねると炎が出る。
俺の唯一の趣味がキャンプだ。だからキャンプ料理しか作れないが、食べられないものよりマシだろう。冷蔵庫を開けると、豚肉っぽい肉や鶏肉っぽい肉、キノコやキャベツっぽい野菜、トマトっぽい実、タマネギっぽい球などがある。
異世界だが、食材はそっくりだ。俺は試しに、トマトのような赤い実を手にして、リビングの二人に訊いてみた。
「なあ、これはなんていう野菜なんだ?」
「トマトだけど」
……まんまか。どういう事なんだ? まあいい、とりあえず味が想定できるのは助かる。
俺はキノコを取り出して鍋に放り込み水を入れた。キノコは概ね、水が沸騰する以前の温度で旨味成分が出る。だから水から煮出すのがポイントだ。
そうして出汁の香りがして沸騰したところに、切った野菜と骨付き鶏肉を入れ、しばらく煮込む。と同時に豚肉と野菜の炒め料理を塩コショウだけで作る。トマトとチキンのスープと、肉野菜炒めだ。
「できたぞ」
俺は肉野菜炒めを皿にとりわけ、スープは鍋ごとテーブルに持って行った。仕上げに、バゲットを軽く炙る。
「美味しそうな匂い……」




