6 巫女が疲れて眠ったら
シイファが運転する馬車の中で、ニャコはすっかり眠っていた。俺はシイファの隣で、荷台を振り返って様子を見る。
「よほど疲れたらしいな」
「無理もないわ。戦闘した上に、五人もの浄霊の儀を施したんだもの……」
シイファが同情するように言った。
「そう言えば、チェリーナとアビー以外の霊は出てこなかったが……何か違いがあったのか?」
「死んだら普通は、霊体は幽子に分解されて拡散される。身体を燃やした灰が、空中に消えるのと同じ。そして幽子は冥界に還り、新たな生命の礎となるの。よほどの想いや念がない限り、時間が経った遺体には、もう霊体は残ってない」
「じゃあ、前の三人は、もう昇天してたって事か」
「そうね。けど、それは浄霊の儀をやってみないと判らないし、場合によっては、迷って浮遊霊になったり怨霊になったりする。だからそうならないように、巫女や神父が浄霊の儀を施すの。普通は一度に一人きりよ。浄霊の儀は、霊術士にも相当の負担だから」
「それを五人分も一気にこなした……大丈夫なのか、ニャコは?」
「まあ、あの子は特級巫女だからね」
シイファはそう言うと、微笑んでみせた。どうこう言っても、友人の事を誇りに思っている顔だ。
「しかし……霊体だの幽子だのと、俺の元の世界――リワルドの常識では判らないことだらけだ」
「幽子は生命の意志の源で、それの集合体が霊体。幽子は物質に常に付随していて、物質に働きかける力を持っている。その幽子を使って物理現象を起こすのが魔法。霊力は、物理過程を跳ばして物質ならびに、霊体に干渉する力ね」
「念話は霊体同士の交信というわけか。ファントムってのは何だ?」
「霊体の一部を分離して操る霊術士の技。ファントムが使えるのは、上級霊術士ね」
「気力は、どういう原理なんだ?」
「気力は霊体と肉体の調和によって、生まれる力。気力の使い手は気道士と呼ばれてる。そして三力の間には特性があって、気力は霊力に強く、霊力は魔力に強く、魔力は気力に強い」
ジャンケンみたいなものか。さしづめ、グーが気力、チョキが霊力、パーが魔力という感じか。それで、俺の火球はダグのファントムに通じなかった訳か。
納得はしたが、俺は自分のふがいなさに忸怩たる思いだった。
「ところで、何処へ向かってるんだ?」
「ニャコの教会よ。もう着くわ」
ほどなくして、街の外れに小さな教会が見えてきた。先ほど五人の遺体を運び込んだ、街の教会より大分こじんまりとしている。シイファは馬車を付けると、ニャコを起こしにかかった。
「ニャコ、ついたよ。起きて」
「ふぇ……あれ? ニャコ、ベッドにいたんじゃなかったっけ?」
「寝ぼけてないで、起きなさい」
シイファに支えられて、ニャコはふらふらと教会へ入った。礼拝堂にあたる広めの前室の奥に、居住スペースがある。ニャコを抱えたシイファが、俺に振り返って言った。
「そっちの部屋は空き部屋だから、適当に使って。ちょっと埃っぽいと思うけど――キィも疲れたでしょ?」
「確かにな。少し寝かせてもらおう」
俺がそう答えると、シイファは微笑んだ後にニャコを向かいの部屋へと運んでいった。俺は傍のドアを開く。ベッドが置いてあるきりで、何もない部屋だ。
転生して以来、檻の中で気絶してから一睡もしていない。夜通し張り込みを続け、戦闘したのだ。俺も疲労がピークに達していた。
目の前のベッドに倒れ込むと、俺は深い眠りに落ちた。
*
「おはよう、母さん」
俺は申し訳程度に、食卓に座る母親に声をかける。返事はない。母は虚ろな目をして、こっちを見返しただけだった。
親父はもう先に家を出たらしい。多分、家にいたくなかったのだろう。俺は食パンを焼いただけの朝食を黙って食べる。
もうこの家に、家族の団欒というものはない。
それはもう、失われたものなのだ。
*
起きると、やはり見慣れぬ一室だった。一瞬だが、今までの事が夢だったんじゃないかと思ったが、それは間違いだった。部屋を出てリビングに行くと、シイファが既に起きてソファに座っている。




