2 巫女と魔導士が名乗ったら
「何が起きてるのか、説明してくれ。此処は何処だ? そして君らは何者だ?」
二人の少女は顔を見合わす。と、ピンク髪の少女が、俺の方を向いた。
「はじめまして、特級巫女のニャコ・ミリアムです! あなたを転生させました!」
ニャコと名乗った少女が、にっかりと笑う。
「転生? …って、輪廻転生とかの話か? 何を言っている?」
「この娘のバカっぽい感じだと信じられないかもしれないけど、この子は本当に特級巫女で、あなたをリワルドから、このノワルドへ転生させた。つまり、あなたは異世界に生まれ変わったのよ。あ、あたしはシイファ・スターチ。上級魔導士よ」
鏡を抱えた水色の髪の少女が、そう言い添える。
が、魔導士? なんだ? ロクに漫画も読まない俺に、そんな荒唐無稽な話を信じろと言うのか? いや、これは何かウラがある。
「……お前たち、俺に何をした? 幻覚剤か、麻薬でもうったのか?」
「ちょっとー、せっかく死にそうなところを助けたのに、ひどい言いようじゃない」
「…ヘンね。なんかリワルドでは異世界転生ものの話が流行っていて、すんなり納得するって聞いたんだけど」
「子供のいたずらはここまでにしろ。此処は何処だ? 俺の追っていた奴は何処へ逃げた?」
俺は少し凄みをもたせて少女たちに問うた。しかしシイファと名乗った方は、澄ました顔で言った。
「子供っていうけど、あなたもそう変わらない歳なのよ。後ろの鏡を見てごらんなさい」
何? 俺はシイファが指さした背後を振り返る。そこには全身が映るほどの大きな鏡が置いてあった。
そこに映る自分の姿に、俺は息を呑んだ。
「これは……。俺が、若返っている?」
俺は32歳独身の刑事で、歳よりも老けて見えたはずだ。悲惨な事件を目の当たりにし続けたせいだろうが、暴力団相手には舐められなくてちょうどよかった。
その俺の姿が、恐らく17、8歳までに戻っている。スーツを着てはいるが、若すぎて似合ってない。これは――俺が警察学校に入る前くらいの自分だ。
「どう? 転生したって納得した?」
俺は鏡に顔を寄せて、自分の顔を見つめてみた。眉間に刻まれた皺がない。俺はふと気づいて、スーツの片腕を脱ぎ、シャツの袖をまくった。右腕には強盗犯と格闘した時の、5cmほどの傷跡がある。が、それが無くなっていた。
「……傷がない。これは…どういう事だ?」
「だからあ、転生したんだってば」
「転生ってのは、赤ん坊に生まれ変わることを言うんじゃないのか?」
「あ、前はねー、そういう感じだったんだけど、新しく転生の術が開発されて、自分の望む年齢や姿に生まれ変われるようになったんだよ。へへん」
得意げなピンク髪――ニャコの言葉をそこそこに、俺は周囲を見回した。場所は教会のような、聖堂の内部のようだった。窓の作りや内装品が西洋風で、和風ではない。俺は窓に近寄って、外を眺めてみた。
周辺は石造りの建物が並ぶ街並みだった。ヨーロッパの何処かと言われても、納得するだろう。少なくとも、日本の風景ではない。
「此処が……何処だって?」
「ノワルド。あなたがいた世界は便宜上、リワルドって呼ばれてる。あなたは異世界から転生したの」
「俺が追っていた犯人は――いや、前の世界の俺はどうなった?」
「残念だけど……」
シイファは最後の言葉を濁す。つまり、死んだ、という事か。
俺は犯人を追ってる最中に殉職し、犯人にも逃げられた。……そういう事か。
「ねえ、あなたなんて名前なの?」
沈んだ気持ちになっている俺に、ニャコが訊ねた。
「大門錠一」
「ダイモンジョウイチ? 言いづらい名前。呼び名はないの?」
「俺は、昔からキィと呼ばれてた。キィは鍵なんだがな」
「じゃあ、キィって呼ぶことにするね……」
ニャコはそう言った途端に、急に膝から崩れ落ちた。
「おい、お前!」
俺は慌てて駆け寄り、ニャコを抱き支えた。ニャコの身体はぐったりしている。シイファが傍に寄って、口を開いた。
「無理もないわ。いくら霊力が高いからって、一人で転生の術を施したんだもの。立ってるのがおかしいくらい」
「……そんなに大変な事なのか?」
「一人で行うなんて、聞いた事ないわ。いくら霊鏡の合わせ鏡を使ったからって――」
シイファがそう話した時、不意に聖堂の扉が開いた。