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10 容疑者を確認したら

「遠視だけだったら、霊鏡を使わなくてもできるよ。霊鏡は術者の見たものを、写せるってこと」

「なるほど。それは見てると、見てる相手に感づかれることはあるのか?」

「相手が霊力の高い人だとバレる。し、相手の視点を妨害できる」

「霊具を使って被害者を操るような奴なら、霊力が高い可能性が大か……。やはり直接見張った方がよさそうだな」


 そうして見ていると、男は不意に通りかかった一人の少女に声をかけた。何か談笑している。と、小さな花を手渡した。少女は嬉しそうに微笑むと、その小さな花の香りをかいだ。

 その瞬間、男の目つきが変わった。

 一瞬だったが、見逃せない目つきだった。あれは、獲物を狙うハンターの眼。俺は奴が犯人だと確信した。

 少女が店を離れる。


「シイファは此処で、奴を見張っててくれ。ニャコ、来てくれ」

「うん」


 俺とニャコは、離れた少女の後をつける。花屋の視界から離れた場所まで来ると、俺は少女に声をかけた。


「すいません」


 少女が振り返る。なんでしょう、と訊ねる少女に俺は言った。


「可愛い花ですね。花屋さんと何かお話しされたようですが?」

「え? ああ、花屋のダグさん。採ってきたけど、小さくて売れないからあげるよって、くれたんです」


 少女は受け取った花を見せる。俺は言った。


「実は希少種かもしれないんです。ニャコ、確かめてみてくれ」


 俺がニャコを振り返ると、ニャコは花の匂いを嗅ぐ。と、俺に向かって頷いた。


「ありがとう、どうやら勘違いだったようです」


 俺はそれだけ言うと、ニャコと二人で少女から離れた。

 建物の陰へ来ると、ニャコが俺に言う。


「あれ、霊具になってた! 持たせてると危ないんじゃないの?」

「だろうな。だからニャコはあの娘の後をつけて、住処を確かめてくれ。場所が判ったら、俺に念話するんだ。俺は花屋に戻る」

「わかった! これは、重大な任務だね」


 なんか鼻を膨らませて勢い込むニャコに尾行をまかせ、俺はシイファの処に戻った。


「変化はあるか?」

「もう夕方だし、店も閉めるみたい」


 見ていると、店を閉めようとしている。店の表の扉が閉められると、俺は出て行って店の裏側に廻った。店は住居は兼ねてないようで、裏には一台の馬車がつけてある。俺はシイファに言った。


「シイファ、馬車を調達できるか?」

「できるよ、家に戻れば」


 シイファがそう答えた時、俺の脳裏にニャコの声が響いた。


“キィ、女の子が家についたよ”

“判った。ちょっと待ってくれ”


 俺はニャコにそう言うと、今度はシイファに告げた。


「シイファ、馬車を調達したらニャコと合流してくれ。離れた場所から、娘が夜中抜け出すのを見張るんだ」

「キィは?」

「俺はこのまま奴を監視する。――奴が動くのは夜中だ」


 俺の言葉に、シイファは真剣な面持ちで頷いた。


   *

 

 張り込みというのは、地味でキツい仕事だ。しかし刑事には必ずつきものの仕事でもある。相手の動きを見張るために、交替で3、4日張り込むことも普通だ。

しかし現世の場合は車にいるから、まだ夜露はしのげる。陽が落ちると急速に冷えてきた。ニャコたちは馬車にいるからマシだろうが、俺は屋外に潜んでいる。俺の来ているものはスーツだけで、はっきり言って寒かった。

 3,4時間経った頃、不意にニャコの念話が響いてきた。


“……ひもじいよぉ~”


 堪えきれずに洩れた本音、という感じだった。考えてみれば、連中は張り込みに慣れてない素人だ。


“動き出すのは深夜だ。お前たちは交替で食事と休憩をとれ”

“キィはどうすんの?”

“俺は慣れてるから大丈夫だ”

“わかった”


 心なし、ニャコの嬉しそうな念話が響いた。

 強がってみたが、空腹なのは間違いない。寒さが沁みる。しかし俺はそれからさらに数時間、張り込みを続けた。

 恐らく深夜2時を越えた頃、不意にニャコの念話が響いた。


“キィ、あの子が家から出てきた!”

“わかった、しばらく遠視で様子をみてくれ”


 そう伝えた直後、花屋からダグが出てきた。馬車に乗り込むと、馬車を走らせる。俺はニャコに念話で話しかけた。


“こっちにも動きがあった。恐らく女の子を途中で拾うつもりだ。お前たちは距離をおいてあの子をつけてくれ”

“わかった”


 ニャコの、少し緊張した声が脳裏に響いた。


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