9 洋服店で話を聞いたら
「チェリーナの前に行方不明になったのは、縫い子のアビー。16歳の女の子で、いなくなったのは7日前。その前にいなくなったのは、それよりも15日前で、占い師のお婆さんのカサンドラさん。それから10日前に巫女のキャサリンがいなくなって、さらに10日前に神父のゴードンさんがいなくなってる」
俺はシイファの話を聞いて、疑問に思った。
「…チェリーナとアビーは10代の女の子。しかしその前は性別も年齢もバラバラ。前三つの失踪は10日おきなのに、後二つの事件の間は四日間。そして前三つの失踪と、後二つの失踪の間には15日もの空白がある……」
「どうかしたの?」
怪訝そうな顔で覗き込むシイファに、俺はなんでもない、とだけ告げた。
ロッペン氏に案内されたのは、街中にある洋服店だった。
通りに面した部分が販売店で、かなり広めの店である。夕方だが多くの女性客で店は込み合っていた。店の看板には『ココ洋服店』と書いてある。
「いらっしゃいませ――あ…」
店で売り子をしている少女が、ロッペン氏を見ると笑顔から素に戻った。少女は扉の向こうの奥の部屋へと入っていった。代わりに出てきたのは、髪をロールに巻き上げたお洒落ないでたちの、妙齢の女性だった。ロッペン氏を見るなり、口を開く。
「ロッペンさん、その後何か判りまして?」
「いや、何も……。だが、この人たち協力してくれる事になったんで、此処に連れてきたんだ」
「そうですか。――わたしはこの店のオーナー、ココ・ローランです。ココとお呼びください」
ココはそう言うと、微笑して頭を下げた。俺は女主人に訊いた。
「アビーというのは、ここで働いてたのですか?」
「はい。13歳から、ここで縫い子をしてました。とても繊細な刺繍のできる、いい子だったんですよ。わたし本当に心配で……」
ココは悲しそうな顔をする。俺はさらに質問を続けた。
「アビーに特定の交際相手や、つきまとってる男はいませんでしたか?」
ココが首を振る。
「まだ、そんな歳ではなかったわ。それに、あの子は縫い子で店にはあまり出てなかったから、そんな機会もなかったはず」
「アビーは普段、どちらにいたんですか?」
「ご案内します」
ココはそう言うと、奥へと向かって歩いていった。俺たちはそれに倣うが、ロッペン氏はそこで挨拶をして帰っていった。
店の奥は思った以上に広く、7、8人の女性たちが服を作っている。まだ子どものような少女もいれば、仕事を取り仕切ってるような年配女性もいた。
「ここが工房。アビーは住み込みで働いてたので、上の階で暮らしてました」
さらに奥にある階段から上がっていく。いくつかの部屋があるが、そこの一つを開けるとベッドが三つ。部屋の左右と真ん中に振り分けて置いてあった。
「アビーのベッドはこちら」
ココは左のベッドを指さした。ベッドの傍に、小さなテーブルがある。個人の部屋はなく集団生活をしていて、この一角がアビーの個人スペースだったという事だと察した。ほとんど私物はないように見える。が、テーブルの家に小さな瓶があり、そこにしおれた花が差してあった。霊具になるような物があまりない…。
チェリーナの部屋にも、花があった。俺は花を手に取る。
俺はニャコに、花を向けた。
「これは、霊具ではないのか?」
「え? これが?」
ニャコは顔を近づけて匂いを嗅ぐ。…それで判るのか?
「これ、微かだけど濃い幽子が残ってる。霊具になってる!」
「……これを傍に置いておくことで、どうなるんだ?」
「離れたところにいても、霊力で干渉できる」
「つまり、離れた場所から暗示をかけられる訳か」
俺はココの方を振り返った。
「ココさん、アビーがこれを入手したのは何処か判りますか?」
「いえ――店の者に訊いたほうがいいかと」
俺たちは階下に降り、作業していた授業員たちに声をかけた。
「アビーがこれを入手した場所を知ってる人はいませんか?」
「あの……」
一番、年下に見える少女がおずおずと口を開いた。
「セントラル通りの…端の方にある花屋って……」
「ありがとう」
俺はニャコとシイファに目線を送り、すぐさま店を後にした。
*
そこにあったのは、小さな花屋だった。ポートランド花屋、と看板が出ている。働いているのは一人らしく、まだ若い男である。俺たちは建物の陰から遠目に、その男を観察した。客に笑いかけて花を売る姿は、爽やかな印象さえ受ける。俺は後ろのニャコに訊いた。
「ニャコ、霊鏡で遠くのものが見えたんだったな」




