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8 被害者家族に会ってみたら

「狭い部屋でしょう? 物置なんです。けど、あの子の部屋にしたの。そしたらチェリーナは、『わたしの部屋なんて、夢みたい。ありがとう』って……私たちに抱き着いて喜んでくれた。こんな窓もない、狭い部屋なのに……」


 夫人が、涙ぐんで口ごもる。


「本当に、本当に優しくていい子なんです。私たちにはもったいないくらい……」


 ニャコが嗚咽をこらえる夫人の肩を両手で支えた。俺は中に進み机の傍に寄る。机の上には小さな瓶があり、そこに紫の小さな花が差してあった。

 ノートがあり、開いてみるとパンの作り方が書いてある。種類ごとに分量が書いてあり、パンの製法に習熟しようとした努力が判った。しかしそれ以外に日記帳のようなものはない。俺は壁を二回叩いた。壁は薄い。


「ありがとうございます」


 俺は夫人に礼を言って、部屋の外に出た。争った形跡は皆無で、窓から出ることもできない。無理矢理拉致しようとすれば、必ず夫婦に気付かれる。考えられる結論は一つ。

 俺たちが階下に降りた時、ちょうど一人の男が店に戻ってきた。太ってはいるがかなり体格のいい男だ。夫人が声をあげた。


「あなた! チェリーナは?」


 男は夫人の顔を見て、首を振る。チェリーナの父親だと察した。夫人は俺たちの事を説明した後に、俺はその場で言った。


「シイファ、壁をすり抜ける魔法――などはあるのか?」

「…ないわ、そんな魔法。どうして?」

「そうでないとすれば――お嬢さんは、自ら出ていったとしか考えられません」

「そんな!」


 父親――ロッペン氏が気色ばんで声をあげる。


「お二人に訊きたいのですが…チェリーナさんが、自ら出ていく理由に心あたりはありませんか?」

「そんな…そんな事はない。あの子はオレたちを慕ってくれた」


 父親は両手で顔を覆った後、その手を抗議するように俺に向けた。


「確かにオレたちは本当の親じゃない。最初はあの子を引き取るのも、働き手が欲しかったからだ。だけど、あの子と一緒に暮らすうちに……気立てが良くて優しいあの子に、俺たちが変えられたんだ。オレたちはもう本当の親子で――あの子は大事な宝なんだ!」


 ロッペン氏の涙をためた真剣な面持ちを見て、俺は言った。


「ならば考えられるのは……操られた、という可能性です」


 俺はそう言った後に、ニャコに訊いた。


「ニャコ、霊力で人を操ったりはできないのか?」

「人にも意志があるから、それは無理だよ。だけど……」


 ニャコが上を見るようにして、言葉を続ける。


「例えばある衝動とか欲求とかを膨張させることはできる。例えば水を飲みたい、っていう気持ちを膨らませて、必要以上に水を飲むように仕向けるとか。これは霊術の中でも呪術の方。ただし、こういうのは何日もの時間をかけて膨張させないと無理」

「――お嬢さんの最近の行動に、変なところは?」


 俺の問いに、夫婦は首を振った。ニャコはさらに話を続ける。


「あとは――何か錯覚させたり、思い込ませたりする事かな。こっちのほうが簡単。ただし、霊力の高い側が、低い側にかける事はできるけど、逆は多分無理」


 催眠のようなものか。それならば、納得はいく。


「例えば、夜なのに昼間と錯覚させたり、買い物に行かなきゃと思い込ませたりすることは?」

「できる…と、思う。霊力の高い人か、霊具があれば」


 ロッペン夫妻は、驚きの顔でお互いを見合った。俺はニャコにさらに訊いた。


「霊具、とはどんなものなんだ?」

「なんでもいいんだよ。霊力を時間をかけて込めた道具は、なんでも霊具になりうるの。鏡とか、玉とか幽子密度が上がりやすいものを使うのが一般的だけど」

「何か、そういう物を最近持った、ということはありませんか?」


 俺はロッペン夫妻に訊いた。夫妻は首を傾げる。


「判りません……何かあれば気づくと思うんですが」


 しかしチェリーナは、恐らく霊力で操られ自分で出ていった。現場を見て、俺はその事に確信を得た。此処に来たのは無駄じゃない。


「ありがとうございました、ロッペンさん。俺たちは別の被害者の家族にも話を聞きたいと思います」

「チェリーナの前にいなくなった、アビーの居場所なら知ってますが……。外を探さないんですかい?」

「普段の暮らしのなかに、手掛かりがあるんです」


 俺はそう言い、ロッペン氏に案内を頼んだ。

 道行く途中、俺はこれまでの五人の行方不明者の事を訊ねた。


「今までの五人……いや、四人はどういう人たちなんだ? いつ行方不明になった?」


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