7 誘拐事件を捜査したら
外に広がる街並みは、石造りの建物が並ぶ壮麗な景観だった。
様々な種類の商店が並び、人通りも多い。ドイツやベルギーあたりの都市と言われても納得するような光景だったが、たまに犬猫の耳が生えた者や、顔が蛇の者がいたりすると、これは異世界なんだと実感する。何より、身に着けてる衣装が、全く現代的ではなかった。その中で、俺のスーツ姿はかなり珍しかった。
だが構ってる場合じゃない。俺は歩きながら二人に訊いた。
「チェリーナがいなくなったのは、何時ごろだ?」
「おじさんの話では、一昨日の夜。朝、いなくなってるのに気づいて、探しても何処にもいなかったから自警団に相談に行ったの。昼頃にニャコが自警団の人と会った時にその話を聞いてシイちゃんに連絡した後、すぐに神父長様のところに駆けつけた。それで霊鏡を持ちだして見てたら警護隊に捕まりそうになったから、シイちゃんと一緒に逃げたの。それで今朝、キィが転生した」
「なるほど……」
まずいな。アメリカの誘拐事件では、36時間以内に被害者の9割が殺されている。仮に一昨日の深夜12時に誘拐されたとして、今日の正午で36時間。今は午後3時頃だから、既に3時間越えてる。 黙る俺に、シイファが声をかけた。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない。急ごう」
誘拐事件ならば、だ。性的サディストだった場合、拷問するために監禁する時間が長い。なににしろ、この事件は時間との勝負だ。
「チェリーナの両親は、どういう人だ?」
「パン屋のロッペンさん。チェーちゃんはね、ニャコたちの中で一番最初に引き取られたの。11歳の時だった。チェーちゃんは子供の頃から、優しくてよく気が付いて働き者だったの。ロッペンさんは孤児院に何度か来て、ニャコたちの普段の暮らしぶりを見てた。その中で、年下にも気遣いができて、普段から一番よく働いてたチェーちゃんを引き取りたいって」
「お前たちは、その時どうしてたんだ?」
「ニャコはいつも遊んでばかりいたし、あたしは本ばっか読んでた」
シイファの答えに俺は納得した。さもあらん。
「その一年後くらいにシイちゃんがスターチ家にいって、ニャコが巫女になったのが13歳。けど、パン屋さんには普段からよく行ってて、今でもずっと仲良しだったんだよ」
ニャコはそう言うと、チェリーナの事を思い出したのか涙ぐんだ。
*
ロッペンのパン屋は小さな二階建ての店だった。中に入ると、表情を失ったような女性が、ぼんやりと椅子に座っている。傍の棚には、パンは一つもない。
「おばさん……おじさんは?」
ニャコの声に、その女性は生気のない顔を向けた。
「ニャコちゃん、シイファちゃん……うちの人は、自警団の人といっしょにチェリーナを探してる。わたしに……チェリーナがいつ帰ってくるか判らないから、うちにいろって…」
「おばさん」
ニャコは傍まで寄って、その肩にいたわるように触れた。チェリーナの母親が、涙ぐむ。シイファはそれを見ながらも、口を開いた
「おばさん、この人はキィ・ディモンと言って南域の方で事件調査を専門にやってる人。この人が、話を聞きたいって」
母親――ロッペン夫人が、俺の顔を涙目で見上げる。俺はその前にしゃがんで、低い目線から声をかけた。
「はじめまして。大変お辛い状況だと思いますが、事件解決に協力させてください。話を聞かせてもらえますか?」
ロッペン夫人が頷く。俺は言葉を続けた。
「まずお嬢さんですが、特定の男性と交際していたという事はありますか?」
「いいえ。ありません」
「では、言い寄って来る男はどうでしょう? しつこくつきまとったり、毎日、店に来るというような」
夫人は、少し表情を曇らせた。
「あの子は……看板娘でしたから…」
ロッペン夫人は涙目で、言葉を絞り出していた。
「…わけ隔てなく誰にも優しい子で……みんなに好かれてました。けど、恋愛みたいなものは、まだ縁遠い感じだったと思います。密かにあの子を想ってる男もいたかもしれないけど……そんなに変な人が、うちの客にいたとは思えません」
「チェリーナさんは、店以外に行き来するような場所はありましたか?」
「最近は夕飯も作ってくれたりするようになって、買い物にも行くようになってましたから。顔なじみのお店もあったかもしれません」
店の客ではなく、外でストーカーに遭遇した可能性もある。が、それは外の店を特定してからの話だ。
「チェリーナさんの、普段の暮らした場所を見せてもらっていいですか?」
「――いい…ですけど……」
夫人はそこで少し驚きの表情を見せた。
俺たちは夫人の案内で、二階へ上がった。二階は一室しかなく、夫婦の寝室だ。その寝室の隣に、小さな部屋がある。明らかに物置だ、窓がない。だが、そこにベッド、小さな机と椅子が置いてある。小さな箪笥。ロッペン夫人が口を開いた。




