6 濡れ衣を晴らしたら
「しまった!」
ロイナートが声をあげる。しかしもう副神父長は全く動かない。即効性の致死毒を呑んだようだった。
犯人の絶命という形だったが、事件は終結した。遺体を警護隊の隊員に運ばせると、王子が俺の方へ近づいてきて声をかけた。
「キィ・ディモンと言ったか。事件解決、見事だった。南域と聴いたが、国は何処だ?」
その問いにはシイファが素早く俺の代わりに答えた。
「トリアムの端の方の、ジャナという地域らしいです。彼の方には、ディギアを生まれつき持つ者がいるそうです」
シイファは落ち着いた声で、ヴォルガにも話した俺の偽プロフィールを語って聞かせた。王子はそれを聴いて、にっこりと俺に微笑んだ。
「そうか。長旅ご苦労であった。我が国に、ゆっくり滞在するがよい。――シイファ、また学習の時間でな」
王子はシイファにそう言うと、警護の二人とその場を立ち去った。
それに続いて、ゼブリアット枢機卿がニャコに声をかける。
「ニャコ、お前が犯人ではないと思っておったが――ディモン殿、ジェラルド神父長の犯人を捕まえてくれて、教会を代表して礼を述べたい」
ゼブリアット枢機卿は、微笑みを浮かべて俺に頭を下げた。だが、丸眼鏡の奥の眼は笑っていないのを俺は見逃さなかった。それはそうだろう、犯人は教会内部にいたのだから。
ゼブリアット枢機卿が立ち去ると、ロイナートが俺の前に現れた。ロイナートはいつもそうであるような堅い表情のままだ。
「貴殿の働きに感謝する。もう一度、名を聴かせてもらいたい」
「キィ・ディモンだ」
ロイナートは厳しい目で、俺を見つめた。感謝してる、という顔ではない。だが俺は、その眼を正面から見つめ返した。
「……覚えておこう」
それだけ言うと、ロイナートは踵を返した。
総隊長が立ち去ると、俺の肩を後ろから叩くものがいる。振り返らずとも判ったが、ヴォルガだ。
「総隊長の事は気にすんなよ。あの人は国の事を考えて、よそ者には警戒心を持ってる。オレの時もそうだった」
「別に気にしてないさ。俺はああいう堅い人間が嫌いじゃない」
俺がそう言うと、ヴォルガは狼の顔でにっと笑った。
「ハハ、お前、面白い奴だな。気に入ったぜ」
「奇遇だな、俺もだ」
俺はヴォルガに微笑んで見せた。こいつの助けがなければ、神父長の遺体を此処へ運んでくることはできなかった。
「ま、何かあったら言ってくれ。オレにできる事なら、力になる」
「その時は、よろしく頼む」
俺がそう言うと、ヴォルガは軽く笑ってみせた。部下に指示を出しながら、ヴォルガはその場を去っていく。ふと気づくと、沢山いた神父たちはいつの間にか消えていた。
「――キィ、ありがとう!」
不意に勢いづいてから抱きつこうとするニャコを、俺は顔面を抑えて制止した。顔を抑えられたまま、ニャコが声をあげる。
「ちょっと~、なんでえ? 無実の罪を晴らしてくれた嬉しさを表現しようと思ったのに!」
「お前、気軽に人に抱きつくな。なんだと思ってるんだ?」
「ニャコは特級巫女だから!」
大丈夫なのか、こいつ。
その時、横の方でカリガムの声があがった。
「シイファ、いつまでもわがままを言ってないで、父上の言う事をきけ!」
「お父様ではなく、お兄様の、でしょう? あたしは従うつもりはないし、それにまだやる事があります」
シイファはそう兄に抗弁すると、カリガムは苛立ちの顔を見せた。
「ハン! 寄生虫の分際で、偉そうな態度だな。所詮、下賤の血の流れは隠せんか」
カリガムは吐き捨てるようにそう言うと、その場を立ち去っていった。後に残されたシイファに、ニャコが声をかける。
「……シイちゃん、大丈夫?」
「全然、平気。あの人はいつもああだから。それより――キィ、あたしからもお礼を言うわ。ニャコの無実を晴らしてくれて、本当にありがとう」
「事件はまだ終わってない」
俺は二人に言った。
「幼馴染の少女を含めた五人の人間が行方不明になってるんだろう。拉致事件には、早さが必要だ」
「あたし達の調査に……協力してくれるの?」
シイファの声に、俺は言った。
「俺は刑事だ。経過中の事件を――見過ごすわけにはいかない」
ニャコが上気した顔を、俺に向けた。




