4 事件検証を始めたら
「お前はスターチ家の恥さらしだ。今なら各方面にとりなして不問にしてやるから、おとなしく家に戻れ!」
「お兄様……」
シイファは兄と呼んだ男を見ると、歯噛みをした。
「スターチ家のご令嬢、そろそろ我々を集めた本題に入ってもよろしいのでは?」
ロイナート総隊長の言葉に、シイファは改まって口を開いた。
「申し訳ありませんが、もう少しお待ちください。もう一人、お呼びしてる方が到着なさいます」
そう言った直後に、扉が開いた。その人物が入って来るなり、そこにいた全員が膝を折って身を屈める。俺もそれに倣って頭を下げた。シイファが頭を下げたまま声を上げた。
「レムルス王子、ご足労いただき恐悦至極に存じます」
「いいんだよ、シイファの頼み事なんて滅多にないからね。僕は嬉しいよ」
そう答えたのは、まだ10代前半の少年だった。だが、その身に着けているもの、仕草、振る舞い。それが王族のもの特有の品を備えてる事は、俺でも判った。
その後ろには男女の一組。どちらもすらりとした痩身だが、鍛え抜かれた雰囲気がある。王子の警護と思われた。
「みんな、これは非公式の場だ。立ち上がってくれ」
王子の言葉に、皆が立ち上がる。シイファは続けて口を開いた。
「レムルス王子、此処にいるのは南域より来た旅人、キィ――ディモンです」
俺の大門を、名前に合わせて変えたのか? 何故、そうする必要があるのかは、後で聴くことにするが。
「彼の者は母国にて、事件を調査するのを役目としておりました。つきましては王子も含め皆様に、彼の神父長殺しの調べをご覧いただき、正当なる裁きをいただきたいと臨んだ次第でございます」
「シイファ! 出過ぎた真似をするな!」
シイファが兄と呼んだ男が、怒鳴り声をあげる。それに対し、王子が不機嫌な顔を見せた。
「よい、カリガム。余はそのキィ・ディモンの調べが見たい。ディモン、では始めてくれ」
「おおせのままに」
俺は一礼すると、まずメイドの少女に訊ねた。
「まず確認したいんだが、君は夕方6時に食事を持ってきて、8時に食器を下げに来たとき、神父長の遺体を発見した。これに間違いはないか?」
少女が頷く。俺は続けた。
「食事を持ってきた時には、神父長の顔は見ていない。扉の前に置いといてくれと言われたそうだが、その時の声は本当に神父長だった?」
俺の質問に、少女の顔が強張る。全員の眼が少女に集中していた。
「あの……少し、お加減が悪いのかと…そう思いました」
「それは、どうして?」
「普段、神父長様は必ず直接お受け取りになり、『ありがとう、サリー』とお礼を言われるのです。わたし、それが嬉しくて…。けどあの日はそれがなく、声もくぐもった感じでした。それでわたしは、神父長様のお加減が悪いのかと思ったのです……」
「なるほど。では、神父長様の使った食器は下げたのか?」
メイドのサリーは俺の問いに、初めて気づいたような顔をした。
「あ……いいえ」
「そうか。では、ゴミ箱に食事が捨てられているかもしれない。ないかどうか、確かめてくれないか?」
「判りました」
サリーは答えると、小さな会釈をして走り去った。俺は残された一同を振り返る。
「さて、神父長が食事を摂ったかどうかが判らなくなりました。それを確かめる方法があります。――おい、運んでくれ!」
俺はドアの外に呼びかけた。トッポとマルコが担架を運んでくる。二人はそれを床に置いて、シーツをはがした。
「ひっ!」
カリガムが小さな悲鳴をあげる。それは神父長の遺体だった。
「遺体など持ってきて、どうしようというのだ?」
ロイナートが厳しい表情で、俺に問うた。
「これから胃の内容物を調べます。心臓の弱い方は、見ないでください」
検視官は胃の内容物を調べ、死亡推定時刻を割り出すことがある。最後の食事の時間が判っていれば、その消化具合で食後何時間で死亡したかが判るのだ。俺はヴォルガから借りたナイフを取り出した。
と、その時、声が上がる。
「待て! 貴様、神父長様に何をするつもりだ!」
声を上げたのは先刻、ニャコの目撃証言をした神父である。
「……遺体を傷つけるのは痛ましいことですが、これも調査に必要な事です。それに、傷は修復魔法で直してもらいます」
「そんな不敬な真似を認められると思うか!」
「調べなければ真実を知ることは叶いませんが?」
俺はそう言って、王子の方を見る。王子が口を開いた。




