10 指導者の正体が判ったら
「な……んだ、これは?」
首にはリストレイナーがつけられている。しかし俺は異能の鍵が出せる――と、思った瞬間に、俺は呆然とした。
手首・足首を拘束している鉄の輪は、念の入ったことに鍵で閉じられてない。ボルトで固定されていた。
「これでは……『鍵』が使えない」
俺は改めて周囲を見回した。
「何処だ、ここは――」
それは恐らく、鍾乳洞の中だった。
幾つものプールのようになった歪んだ楕円が、層を成して眼下へと広がっている。俺のいる場所は一番高い場所で、此処から鍾乳洞のプールは、まるで中心に向かって沈む古代の円形舞台のようになだらかな斜面を描いている。
光源があちこちにあり、この磔にされた状況でなければ、神秘的な風景だと楽しめた事だろう。
「お目覚めのようだね」
俺は斜め下を向いた。再び眼なし眼鏡をかけたテラー博士が、薄笑いを浮かべている。その横に、ゴーグルをつけたグリードもいた。
「貴様ら――此処は何処だ?」
瞬間、テラー博士の黒い爪が急激に伸びて俺の腹を刺した。
「ぐっ――」
「口の利き方に気を付けた方がいい。今や君は、完全になす術のない囚われの身なんだよ」
俺の霊体の腹をざっくりと切り飛ばすと、テラー博士は言った。
「くっ……さくらは…何処だ?」
俺は歯噛みしながら、そう口にした。
「下を見たまえ」
円形舞台の中央部に、人がいる。あれは――
「ゼグラ!」
さくらの心の中で見た、教団の指導者ゼグラがそこにいた。
そしてその隣にシャルナとレディ・スィート。そして――
「ニャコ!」
俺の声に、ニャコが気づいてこちらを見上げた。
しかし、眼が虚ろだ。俺は判った。ニャコが暗示をかけられた状態であるという事が。そしてもう一つ、判ったことがある。
「ゼグラ、お前の正体が判ったぞ」
ゼグラがゆっくりと俺を見上げた。
その一つ眼の仮面の下にある口元に、薄笑いを浮かべている。
「ふむ。言ってみたまえ」
「お前は――ゼブリアット枢機卿だ!」
ゼグラは俺を見たまま、一つ眼の仮面をゆっくりと脱いだ。その下は予想通り、ゼブリアット枢機卿だった。
「少し気付くのが遅かったね。刑事としては残念な結果だろう」
ゼグラは愉快そうにそう言った。
「俺を捕らえて、どうするつもりだ?」
俺は問うた。奴はその気になれば、シャルナの心に潜っている間に、俺を簡単に殺せたはずだ。何故、そうしなかった?
「君は一応の保険だよ。ニャコくんとシャルナ、この二人にとって私は育ての親も同然の身だ。しかし万が一、裏切らないとも限らない。その時、君という保険が生きてくる」
「……二人に、何をさせるつもりだ?」
そのつもりでしか、二人を傍においておく理由がない。
よく見ると、大きな霊鏡が合わせ鏡状にして置いてある。
「君も見届けたまえ、私の長年にわたる壮大な実験――私の転生を」
なんだって?
「ゼグラ様、もう用意は万全ですわ」
レディ・スィートがゼグラにそう囁く。ゼグラは仮面をつけた。
「よし、いいだろう。――さあ、シャルナ、頼んだよ」
「ゼグラ様……」
ゼグラに促されたシャルナが、傍にある一番大きな鍾乳石のプールの前に立つ。
よく見ると、その水底には沢山の丸いものが沈んでいる。
――眼玉だ。あのエザイが、水底に沈んでいるのだった。
「エザイがあそこにあると言う事は……あの数だけの人間を犠牲にしたという事か」
「その通り。あのエザイには人の幽子を拡散させずに回収する力がある。我々はそれを集めていたのだ」
テラー博士が俺にそう説明した。
ゼグラはシャルナの傍に行き、その肩にそっと手を触れた。そして声をあげる。
「さあ、やりなさい、シャルナ。いざ、開くのだ。――リワルドへの扉を!」
シャルナが両手を胸の前で組む。その全身が光り出した。
「扉!」
シャルナは両手を開いて横を向いた。その先に、空間の歪みが怒る。不意にプールの底から白い靄のようなものが浮かび上がり、それがシャルナに吸い取られていく。
「さくら、やめろ!」
俺は身動きできぬまま。声をあげた。




