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7 妹の記憶を知ったら

 男は無言のまま、バンのスライドドアを開け、さくらを放り込む。

 と、突然、男はさくらを殴った。

 さくらは意識を失った。


 目覚めたのは、下半身の痛みと圧迫感からだ。

 目を覚ますと、運転手が上にのしかかり、荒い息を吐いている。

 さくらは自分の境遇を理解した。


「やめて! やめてっっ!」


 さくらは両手を使って、男を押しのけようとする。と、男がいきなり、さくらの顔を拳でまた殴った。


「きゃあっ」

「うるせえんだよ、静かにしろっ!」


 男がまた殴る。


「ひっ」


 男はまた殴った。顔面が割れるように痛む。

 さくらは泣きながら、横を向いて顔を覆った。


 男がその手を外す。

 男はさくらのすぐ傍まで顔を寄せて、荒い息を吐いた。


 恐怖が、さくらの心を支配していた。

 さくらのすすり泣く声だけが、その場を埋め尽くしていた。


   *


 さくらは突然、車を下ろされた。手は縄で縛られている。


「ここ何処なの? わたしを家に帰してよ!」


 男は答えずに、さくらを引っ張る。

 人気のない山の中腹の、倉庫が並ぶ場所だ。


 判っている。此処は、さくらが閉じ込められた貸し倉庫だ。

 その一つを開けると、男はさくらを放り込んだ。


 さくらは床に倒れる。と、その扉が閉められる。


「待って! こんな処に閉じ込めないで! 出して! 家に帰して!」


 さくらは泣き叫んだ。


「あなたの事、誰にも言わないから、わたしを出して! 家に帰してよ! ねえ!」


 だが、扉は絞められたきり、何の反応もない。


「嘘でしょ……」


 真っ暗だ。何の光源もない。真の闇だ。


「ねえ、嘘でしょ――なんで、わたしがこんな目に……」


 さくらは堪えきれずに、泣いた。大声で泣き叫んだ。


 痛い。胸が締め付けられて、苦しい。


 さくらは縛られた両手で、扉を叩いた。


「誰か! 誰か助けて! 誰か!」


 しかし、何の反応もない。やがてさくらは諦め、すすり泣きを始めた。


 どれくらい時が経ったのか、さくらは縛られた両手をなんとか外した。

 自由になった手で、扉を叩く。


「誰か! 助けて! 誰かいませんか!」


 大声をあげるが、それも暗闇に跳ね返るだけだった。

 やがて、その体力が弱って来る。


「お水……お水が欲しい――」


 さくらは闇の中で呻いた。

 さくらは這って扉に近づく。扉を叩いた。


「誰か! 助けて! お願い、誰か助けて!」


 力いっぱい拳を振り上げて、扉に叩きつける。だが、鉄の扉が容赦なくその拳を跳ね返した。


「出して! 出して! 出してっ! わたしを出してよ!」


 さくらは狂ったように拳を叩きつけた。ごきり、という音がして、指の方が折れた。その激痛に、さくらは歯を食いしばる。


「痛い……痛いよ――」


 さくらは倒れた。そのまま、声を出す気力もなく泣き続けた。

 やがて、動く体力すらなくなってきた。


「助けて……誰か…」


 さくらは残る力で鉄のドアに爪をたてる。無暗にひっかくだけで、何の効力もない。だがさくらは、それをしている時だけが正気でいられるかのように引っ掻き続けた。


「助けて…助けて……」


 さくらは、うわ言のように呻いた。


「助けて…お父さん……お母さん――」


 俺は、眼を閉じたかった。


「――お兄ちゃん……」


 さくらは静かに泣いた。


   *


 不意に、視界が変わった。

 視界の先、ステージがある。ステージ脇だ。


「4562番、オディールのバリエーション」


 アナウンスが告げられ、さくらはステージへ飛び出した。

 躍動的に駆け出し、バランスをとったまま後方へ足を上げる。


 練習して身に着けたバレエを、さくらはスレージの上で存分に舞った。ライトを一身に浴び、終わった後には客席から拍手をもらった。息は上がっているが、さくらは満足だった。


「おめでとう、さくら。3位入賞なんて、凄いわ」


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