3 貴人たちを呼び出したら
「ありがとう、じゃあ行ってくる」
俺は部屋を出ると、詰所らしい建物内部の廊下を進んだ。
“そこを右に曲がって”
ニャコの念話が聞こえる。これは便利な能力だ。
“その先の部屋。あ、今からヴォルガが部屋を出てこようとしてる”
俺は素早く、扉の傍でしゃがんだ。ドアが開く。
俺は踏み出した足に、手を延ばした。
異能の手錠。俺の感じでは、俺の本来の能力は鍵を出す事ではなく、それを使うための手錠の方だ。予想通り、俺の異能は手錠をヴォルガの足にはめた。いや、足につけるから足錠か。
「な――」
両足を拘束されたヴォルガが、転ぶ。俺はその首にすかさず、三つ目の力封錠をはめた。
「あ! 貴様――」
「これで、あんたは無力化された」
俺はそう言いながら、ヴォルガの鞘から剣を引き抜いた。その刃をヴォルガの首に添わす。ヴォルガは恐れた様子もなく、俺を睨んでいる。
「ここでオレを殺したところで、逃げ切れると思うなよ」
「あんたに訊きたい事がある」
俺の言葉に、ヴォルガは眼を見開いた。
「あんたの仕事は何だ? 無実の人間を捕まえて、処刑するのを助けるのが、あんたの仕事か」
俺の言葉に、ヴォルガは鼻白んだように口を開いた。
「命令には従う。それだけだ」
「その命令が罪だとしても、あんたはそれに従うのか? 悪人の悪事の命令でも、無条件に従うのがあんたの生き方か?」
俺の言葉に、ヴォルガは眼を細めて黙っていた。が、口を開く。
「逆に、お前に訊きたいことがある。お前はオレと戦った時、手や肩を撃つばかりで頭を攻撃しなかった。何故、殺そうとしなかった?」
逮捕術では犯人役の頭部を攻撃するのは反則だ。その癖が出た。
「俺は刑事だ。刑事はやむを得ない場合を除き、犯人をなるべく無傷で捕らえるものだ」
「フッ、そうかい」
ヴォルガは俺の顔を見ると、愉快そうにひとしきり笑った。
「どうやら、ニャコ・ミリアムは犯人じゃないというわけだな。そうだとして……これから、どうするつもりだ?」
「あんたの力を借りたい」
俺の言葉に、ヴォルガは驚きの表情を見せた。
*
教会は礼拝堂とは別に神父たちが暮らす宿舎がある。俺とヴォルガがそこに向かい、ロビーへと入った。ロビーには既に多くの人間が集まっており、そこにニャコとシイファもいた。
黒い神父服を着ている神父が一番多く、10人以上はいる。その他に、メイド服の少女と、異なる服装の人物が二人いた。
一人は軍服のような外套を身に着けていた。目つきが厳しく、金髪をストレートに長く伸ばした男である。まだ若く30代前後のようで、顔に精悍さが備わっていた。その彼がヴォルガの姿を見るなり、口を開いた。
「ヴォルガ隊長、私のみならず、ゼブリアット枢機卿まで呼び出して、何事だというのだ。説明したまえ」
「フォッ、フォッ、フォ。わしはニャコくんに呼び出されたまでじゃよ、ロイナート総隊長」
隣にいた高齢の人物が口を開く。銀髪を後ろで結わえ三つ編みにしている。丸眼鏡をかけたその人物は、白い神父服を身に着けていた。ニャコがその人物に、笑いかける。
「どうも、ありがとうございます。ゼブリアット枢機卿様」
「なあに、ニャコくんの頼みじゃからのう。それに――これはジェラルド神父長殺しに関わる件なのじゃろう?」
そう言った枢機卿の眼が、丸眼鏡の奥で鋭く光る。見た目ほどとぼけた人物ではない。かなり頭の廻る人間だ。
その時、開いた扉から、突然の大声が響いた。
「シイファ!」
声をあげたのはまだ20代前半に見える男だった。明らかに貴族と思われる高級そうな服を着ている。その男はシイファの前まで早足で歩いてきた。
「お前、此処で何をしている? 殺人犯をかばって逃走したと思ったら、総隊長や枢機卿まで呼び出して何のつもりだ!」
「ニャコは犯人じゃありません!」
「しかし、教会に外から訪れたのは、その巫女だけだという話ではないか」
男はニャコを指さした。その声に呼応するように、一人の神父が口を開く。
「我々はロビーで歓談しておりました。そう、7時頃のことです。その時、巫女のニャコくんがやってきて、少しして帰った。その時……何か気まずそうな、急いでる様子だったのは確かです」
その神父の言葉に、ニャコは俯くだけで言い返さない。恐らく、霊鏡を無断で持ち出したことが後ろめたいのだろう。男はそれを見た後に、シイファに向かって再び怒鳴った。




